アドマン(元)のブログ「広告会社~バーチャルとリアルの狭間で」

名古屋の広告会社に働いていた元アドマンのブログ。広告とインターネットに携わる男が、時代の転換期で日々感じること、気づくこと、体験したこと、また、読んだ本や見た映画の感想などを思いのままに書き綴ります。

企業の社会的無責任の弊害は、国と企業だけでは取り戻せない。

経営学の巨匠と呼ばれる、ヘンリー・ミンツバーグが書いた「私たちはどこまで資本主義に従うのか」を読んだ。

副題に『市場経済には「第3の柱」が必要である。』



企業と政府だけでは、社会の問題は解決できないというのが本書でのミンツバーグの主張。
なぜか?をさまざまな現象から紐解いていく。それも相当の辛口で。

世の中の流れは、ハーバード大学ビジネススクールのポーター教授が提唱するCSV(共通価値の創造)が主流であるが、ミンツバーグは、企業の利益追求と社会問題の解決が両立する「WinWin」の世界が生まれるなどと思わない方がよいと一刀両断。経済合理性を追求するアングロサクソン型資本主義は限界であり、すでに終焉を迎えつつあると。

そこでミンツバーグが提唱するのが、「第3の柱」の必要性だ。
(第3の柱=社会をベースとする、NGOや社会運動、社会事業などの多元セクター)

政府か企業かの二元論ではなく、多元セクターを加えた三元論で、はじめてバランスのとれた世の中になると。

本書には二元論のバランスのくずれた世の中の象徴として、「広告の悪しき影響」に関する記述がたびたび象徴する。
たとえばこんな感じだ。


「広告攻勢による思考停止」

今度、何かの広告を見た時は、少し頭を冷やして考えてみるとよい。そうすれば、広告の中に、情報を伝えるだけでなく、人間の基本的な価値を貶めたり(たとえば、ダイヤモンドを贈ることを愛の証のように宣伝するなど)、積極的に真っ赤な嘘をついたり(「これで心配は一つもなくなります!」と謳う個人年金の看板など)、重要なことに触れないという形で真っ赤な嘘をついたりする(「環境にやさしい石炭」)という言葉など。これは「いくらかはクリーンな」という意味なのだろうか)ものが極めて多いことに気づくだろう。

中略

たいした問題ではない、と思う人もいるかもしれない。確かに広告なんてろくに見ていない人も多いだろう。しかし、そう片付けるのは早計だ。選挙で対立候補を中傷する広告はきわめて大きな効果を発揮し、有権者の関心を真剣な政治課題からそらしている。この種の広告は一部の有権者の投票行動に影響を及ぼすだけでなく、有権者の政治離れも助長するのだ。これは最悪の政治家にとって最善の効果と言えるかもしれない。

いかがだろうか。ミンツバーグはバランスを崩した資本主義に蔓延する典型的な症状を「広告」に見てとっている。確かに広告の影響の大きさと、影響が大きいゆえに社会までゆがめてしまう怖さはミンツバーグが指摘する通りだ。

さて、リーマンショックに端を発した世界的経済危機は、行き過ぎた資本主義が企業内コミュニティを壊し、社会のバランスを崩したことが本質的な問題だとミンツバーグ。

そしてこう続ける。

いま企業がすべきはコミュニティの再構築であり、リーダーシップとシチズンシップの間のほどよいリーダーシップ、すなわちコミュニティシップを発揮することである。

コミュニティシップ、まさに時代の重要なキーワードなのではないか。

コミュニティシップとは、そのままコミュニティ的価値感と捉えることもできるだろう。内部で強固に閉じるのではなく、世の中に緩やかに開かれ、世の中とつながる、そんな価値観。そこには第3の柱=多元セクターとの積極的な関わりが必要不可欠なのだ。

いずれにしてもミンツバーグの指摘を受けるまでもなく、少なくとも「カリスマ型経営者」の時代はとうに終わっているのは間違いない。

第3の柱=多元セクターの存在が、これからの時代の命運を握っている。

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