アドマン(元)のブログ「広告会社~バーチャルとリアルの狭間で」

名古屋の広告会社に働いていた元アドマンのブログ。広告とインターネットに携わる男が、時代の転換期で日々感じること、気づくこと、体験したこと、また、読んだ本や見た映画の感想などを思いのままに書き綴ります。

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「オオカミ少女の憂鬱」を観て。

先週土曜日のことになるが、名駅西のシネマスコーレで有馬監督作品「オオカミ少女の憂鬱」を鑑賞した。


斉藤和義の「歌うたいのバラッド」という歌がある。

歌うことでしか愛を伝える術を知らない、不器用なほど純粋な歌うたいの話だ。

映画を観終わったあと、なぜかこの歌を思い出した。


映画の主人公、小上優子。

日常的に嘘をつく少女である。
しかしながら嘘であることが当たり前のように見破られてしまう、ある意味、歌うたいより不器用な少女だ。
何せ嘘をつくことでしか自身の存在を確認できない。不器用ゆえに、上手く生きられないのである。


そんな少女が恋をした。
言うまでもなく、結果は明らかだろう。


世の中をスイスイと泳いで行く器用な人間がいる一方で、生きることにさえ汲々としている人たちもいる。

何が嘘で何が真実か。

何が悪で何が正義か。

見る方向によって、180度変わる。まるでコインの裏表のように。

そんな世の中にあって、信じられるものとは何だろうかと、問いかけられているような気がした。

歌うたいは愛を歌う。
オオカミ少女は嘘を語る。
愛おしいほどまっすぐに。

テーマ:徒然なるままに… - ジャンル:ブログ

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