アドマン(元)のブログ「広告会社~バーチャルとリアルの狭間で」

名古屋の広告会社に働いていた元アドマンのブログ。広告とインターネットに携わる男が、時代の転換期で日々感じること、気づくこと、体験したこと、また、読んだ本や見た映画の感想などを思いのままに書き綴ります。

クリエイティブディレクターが、日本の企業を救う。

グッドデザインカンパニー代表、水野学氏の書いた「センスは知識からはじまる」を読んだ。



今や日本を代表するクリエイティブディレクターであり、あの“くまもん”の生みの親として一躍時の人ともなった水野氏の最新刊。テーマはずばり、“センス”である。

水野氏と言えばセンスの塊りと言っても良い、天性のセンスを備えた人と言うのが私の印象。
しかし実際は、日々の鍛錬の積み重ねによってセンスを磨いてきた努力の人だったということが、本書を読んでわかった次第。

そんな水野氏であるが、本書でセンスとは“数値化できない事象の良し悪しを判断し、最適化する能力”と定義づけている。

つまりセンスの良い人になるためには、感覚的に良し悪しが区別できる判断力が、資質として重要になるということだ。

ではそのためにどうしたらよいか。

その点について、水野氏はまず「普通を知ること」が必要であるといっている。

普通を知っていれば、それがひとつの基準になり、それよりいいものも、それより悪いものも、良くわかるということらしい。

なるほど、そう言われてみれば、確かに自分自身の経験でも当てはまる点が多いように思える。

とはいえ、普通を知ること自体、昨日今日で簡単にできることではない。
音楽でも、美術でも、スポーツでも、共通するのは、まずは地道な日々の知識の蓄積が重要であること。

そう言われるとそんなの無理との声が聞こえてきそうだが、嘆く前に、センスは生まれ持ってのものではなく鍛えることができると言う点に希望を持つべきではないだろうか。やる気があれば誰でもセンスは磨けるのだ。

さて。

本書の最大の価値は、単なる個人的なセンスとは?の話で終わることなく、センスの必要性を経営論にまで発展させて提言している点。

その意味で、Part2の『「センスのよさ」がスキルとして求められている時代』は大変興味深く読ませて頂いた。

特に、日本の企業に必要なのはクリエイティブディレクターという水野氏の考え方には全面的に賛同する。

技術主導で来た日本の製造業が、アップルのようなクリエイティブ型の企業に席巻されてしまったのは、一にも二にもセンスが不足していたから。

今そんな企業を救えるのはクリエイティブディレクターの、数値や論理ではない、右脳的センスなのだという力強い言葉が、元クリエイティブディレクターの私の胸を打った。

しかしながら今の日本の問題は、クリエイティブディレクターの活躍場所がまだまだ広告の域を抜け出しきれていないことだ。そこを脱出すれば、新たな可能性の大海原が待っているのに、と残念でならない。何とも歯がゆい想いである。逆に言えば、そこに新たなビジネスチャンスがあるのだが…

いずれにしても、技術の時代からセンスの時代へ力点が移りつつあることは間違いない。まだまだ何となくではあるが、クリエイターの新たな可能性が拓けつつある、そんな確信に似た勇気をもらえた1冊だった。

テーマ:徒然なるままに… - ジャンル:ブログ

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://adrunner.blog38.fc2.com/tb.php/1365-af03505c
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

FC2Ad