アドマン(元)のブログ「広告会社~バーチャルとリアルの狭間で」

名古屋の広告会社に働いていた元アドマンのブログ。広告とインターネットに携わる男が、時代の転換期で日々感じること、気づくこと、体験したこと、また、読んだ本や見た映画の感想などを思いのままに書き綴ります。

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人も企業も「中身」が丸裸になる社会へ。「よく見せる」はもう通用しない。

編集者、菅付雅信氏が書いた「中身化する社会」を読んだ。



読むきっかけとなったのは、昨日訪れた下北沢のB&B。この書店、カルチャーに特化してこだわりの書籍をピックアップしている。

その店頭でかなりの冊数が平積みされていたこと。おそらく本好きの間でかなり話題になっているのだろう、そんな軽い気持ちで購入したものだった。

読後の印象は、正直読む前と180度変わった。今のソーシャルな時代の空気感みたいなものが実に巧みに切り取られている、よい意味で裏切られた好書であった。

さて気になるのは、本書のタイトルにもなっている「中身化」の意味。
菅付氏は、中身化をこう定義する。ソーシャルメディアの爆発的な普及にともなって急激に進む“個人と集団の可視化”と、それが引き起こす事象」と。

かつて、さとなおこと佐藤尚之さんが著書「明日の広告」の中で、現代を商品丸裸の時代と書いたように、個人も企業も見事に「中身」が丸裸にされてしまう世の中なのである。

そんな世の中にあって、それでは個人や企業がどのように振舞い、どのようにコミュニケーションを取るべきか。そこが本書の重要なテーマになっている。

菅付氏は、「すべてが中身化されてしまう社会であるから、もはや人々は見栄や流行にお金を使わなくなる。そして大量消費的な流行に流されず、衣食住すべてにおいてより本質を追求することになる」と予測している。

本書にも登場するが、かつて広告は、メーカーや大手流通主導の「計画的陳腐化」を推進する重要な役割を担っていた。時代遅れを意図的に創出しなければモノが売れなくなる恐れがあるからだ。

メディアも一体となって行われた「計画的陳腐化」。踊った私たちも悪いが、踊り続けた結果、弊害が深刻だとわかった今、よもやその価値観に戻ることはないだろう。

中身化が進むということは「より本質が問われるようになる」と等しい。

かつて広告が担った「イメージ操作」も、今やソーシャルメディアの普及の前では風前の灯だ。本書にも登場する調査によれば、テレビCMを信頼していると答えた人の比率は世界的にみるとヨーロッパが特に低く、わずか30%だという。

人も企業もイメージで取り作られた衣を脱いで、良くも悪くも素生をさらす時がきた。
「よく見せる」ではなく、「よく生きる」こと。そんなキーワードが脳裏に浮かんでくる。

テーマ:徒然なるままに… - ジャンル:ブログ

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