アドマン(元)のブログ「広告会社~バーチャルとリアルの狭間で」

名古屋の広告会社に働いていた元アドマンのブログ。広告とインターネットに携わる男が、時代の転換期で日々感じること、気づくこと、体験したこと、また、読んだ本や見た映画の感想などを思いのままに書き綴ります。

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「モノを売る」広告の役割は終わった。それははたして広告の終わりなのか?

電通ソーシャル・デザイン・エンジンの並河進氏が書いた『Communicationn Shift 「モノを売る」から「社会を良くする」コミュニケーションへ』を読んだ。



この本、買ってからすでに3度ほど読み返しているが、何度読み返してもページを繰る度に新たな気づきを与えてくれる。それほど奥が深く、これからのコミュニケーションのあり方に対して、非常に示唆に富んだ1冊であることは間違いない。

本書は、「モノを売る」ための広告に、並河氏が素朴な疑問を持ったことに端を発している。
そしてコミュニケーションに携わるさまざまな知見、またそれを実践する人と出会って、辿りついた並河氏なりの答えが「社会をよくする」コミュニケーションという広告の役割だ。

なぜモノを売るための広告が機能しなくなったのか。

このあたり私自身の経験と重なる部分も多いが、そもそもモノを売るためには、至極当然のことではあるが、生活者がモノを“買う理由”が必要である。

つまり、広告主側の売る理由だけでなく、売る理由と買う理由が一致して初めて売るという行為が成立するわけだ。

それをある意味、広告はすっ飛ばしてしまう。
正確にいうと、広告が機能した時代には、すっ飛ばしてしまうほどのパワーを持っていた。それだけ広告主、メディアの力が強かったわけである。だから広告が機能したのだ。

ところが今はどうか。並河氏の疑問はまさにその1点。

広告でどれだけきれい事を並べても、ネットで調べればすぐに底が知れてしまう。
悪い評判は、口コミで一夜にして全国、いや全世界を駆け巡る時代になったのだ。
それゆえ企業は広告だけでなく、あらゆる顧客接点において正直で透明であらざるを得ない。
それができる企業が、はじめて広告効果と言う恩恵に預かることができる。
しかしその効果も短期の結果だけを求めるとしっぺ返しに合う。それほど厳しい時代になったと言えよう。

以上が、広告が機能しなくなった(=多くの広告会社が必要とされなくなった)最大の理由ではないか。

本書で並河氏が対談しているのは、澤本氏、永井氏、箭内氏、佐藤氏など広告業界における錚々たる面々。
こんな厳しい環境下で、それぞれにこれからの広告のあるべき姿を追求されている。

中でも私がいちばん共感を覚えたのが、元電通のコミュニケーションデザイナー佐藤尚之(通称:さとなお)氏の次の言葉。(明日の広告、明日のコミュニケーションの著者で、多くのアドマンにとってはおなじみの存在)
少し長くなるが抜粋する。

これからのコミュニケーションは、効率のよいマスコミュニケーションよりも、もっと時間と手間がかかる、ある意味、効率の悪いコミュニケーションこそが大切なのではないか?とし、

「僕は、大きくぶち上げたものはすぐ消費されると思っているところがあるんです。どんな力でもいいから使って、人の心を無理やりグイッと動かしたとしても、その時期が終わったらまたやっぱりさらっと戻っちゃう気がする。僕が目指しているのは、もっと漢方的なもの。じわじわでもいいから確実に変わっていく方がよくて。

~中略~

もちろん、ネットだから距離と時間を超えられる。そういう意味では昔と全然違うんだけど、でも、効率ではない、手間暇がかかる、本来あるべき人と人とのコミュニケーションのカタチ。もう一回戻るんじゃないかな、そういう世界に。効率じゃない世界に。人間関係だけじゃなく、ビジネスのやりとりも、マーケティング自体も。」

本書で並河氏が提唱する「新しい広告のカタチ」は本人が言うとおり、広告の形をしていないのかもしれない。

が、そもそも問題は呼び名ではなく、“広告的な価値観”が世の中の課題解決につながるかどうかが重要だ。そこにつながるのであれば、極論すれば、もう呼び名はどうだっていいのではないだろうか。

常々、私が感じていること。

中小の広告会社の最大の問題は、広告がビジネス(=金儲け)の目的となってしまっていること、そしてその価値観を長い間変えられないまま今日に至っていることだ。広告を手段として本来の目的(=世の中の課題解決。一歩下がって言えば広告主の課題解決)に立ち返ることが、この先生き残れる最大の条件であることを認識することから、新たな役割への道が始まるのだ。

並河氏が提唱する「社会をよくする」コミュニケーション。広告業界はもちろん、今の世の中の企業、ビジネスに欠けている、持続的成長への貴重な視点を与えてくれている。

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「これがいい」ではなく「これでいい」。1文字で変わるコンセプトの力。

ブランド・コンサルタント/クリエイティブ・ディレクターの江上隆夫氏の書いた『無印良品の「あれ」は決して安くないのになぜ飛ぶように売れるのか?』を読んだ。



無印良品。このブランドの出発点が、セゾングループのスーパーマーケット「西友」のプライベートブランドであることをご存じの方は少ないのでないだろうか。
1980年の誕生から、今では全世界に展開するワールドブランドにまで成長を遂げた。

その成長の秘密は「コンセプト」の存在にあるというのが本書のテーマである。

無印を題材にコンセプトとは何かを解き明かし、コンセプトの「作り方」「使い方」までを網羅した、まさにコンセプト一色の本書。読むだけでなく実践することで、自身のビジネスに独自性をもたらす、そんなお得な1冊だ。

タイトルに掲げた、「これがいい」ではなく「これでいい」は、無印良品のブランド感を端的に表わすコンセプトともいえるコピー。
「が」と「で」。
たった1文字であるが、この1文字が無印良品と言うブランドの独自性を究極のレベルにまで高めている。

本書でも紹介されている、アートディレクター原研哉がメッセージとしてまとめたコピーが以下のものだ。

無印良品はブランドではありません。無印良品は個性や流行を商品にはせず、商標の人気を価格に反映させません。無印良品は地球規模の消費の未来を見とおす視点から商品を生み出してきました。それは「これがいい」「これでなくてはいけない」というような強い嗜好性を誘う商品づくりではありません。無印良品が目指しているのは「これがいい」ではなく「これでいい」という理性的な満足感をお客さまに持っていただくこと。つまり「が」ではなく「で」なのです。

いかがだろうか。

やみくもに流行を追うのではなく、商品の本質を考え抜き「普遍性」を持って良しとする。その考え方が、企業戦略から商品戦略、販売戦略など、会社の隅々まで浸透していく、すべての核となるのがコンセプトなのである。
ブランドではないことが、結局強いブランドを作っているのだ。

さて、コンセプトは理解しても、いざ自社の会社でとなると、なかなか敷居が高いというのが、ほとんどの人の正直な感想だろう。

それに対して江上氏は、あくまで入門者を意識して親切丁寧にコンセプトの「作り方」「使い方」を多くのページを割いて紹介してくれている。事実、ここまで実践的にコンセプトの効用を紹介している書籍には私自身出会ったことがない。

江上氏自身も、コンセプトを自分のものにできるようになるまでには5年くらいかかった、というように、読めば簡単にコンセプトを作れるようになれるくわけではないかもしれない。しかしながら、ヒット商品、成長する企業の背景に潜在するコンセプトを読みとることができるようになれば、それだけでもビジネスのスキルは大幅に向上するはずだ。

まずはコンセプトの持つ力を理解すること。そこからすべては始まる。

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作る人と食べる人をつなぐ。フードディレクター奥村文絵の仕事。

フードディレクター奥村文絵が書いた、『地域の「おいしい」をつくるフードディレクションという仕事』を読んだ。




まず感嘆したのが、この人、実に文章がうまいということ。

自分の想いを伝えるのに、熱すぎず冷めすぎず、客観性を持って絶妙なバランス感覚で言葉を運んでいく。
センスの良い人とはこういう人のことをいうのだろう。

そんな彼女のセンスがそのまま100%活かされるのがフードディレクションという仕事。本書を読んでまさに天職という感じがした。

奥村氏は、自らのフードディレクターという仕事を本書でこう記している。

“食の世界には、食物をつくる人、道具をつくる人、流通させる人、料理する人、販売する人…と、食べることを軸にしていろいろな役割の人が存在し、それぞれの専門性は深化し続けています。食に関わる様々な人やその技術が経(たて)糸とならば、緯(よこ)糸となってそれらを紡いでいき、食のシーンを反物のように美しく、そして多様に織り上げる。その役割を担いたいという考えから、あまり聞き慣れない肩書かもしれませんが、私は自らを「フードディレクター」と名乗り、活動を続けているのです。”

本書で奥村氏はフードディレクターの仕事を広告のクリエイティブディレクターに似た仕事とも言っている。
広告業界に馴染んだ人にはこちらの方が分かりやすいかもしれない。

与えられた課題があって、その解決策をコピーライターやデザイナー、カメラマン、イラストレーターなどのブレーンを束ねてひとつの形にしていく。いわば総監督のような存在がクリエイティブディレクターだ。
いささか強引ではあるが、広告をそのまま「食」に置き換えてみれば彼女の役割が見えてくる。かくいう私も仕事の規模は小さいものの長年その役割を担ってきた、なんとも中途半端で終わってしまったが、それだけに彼女の、今日のポジションを築くまでの苦労が手に取るようにわかる。

さて本書で紹介されている奥村氏のディレクションワークは、ざっと以下のとおりだ。

・遊佐町「彦太郎うるち」他 地域色ブランド開発
・北海道滝川町 「イル・チエロ」リノベーション
・ハインツ日本「ハインツのある物語」ウェブ・コンテンツ制作
・穂坂町「ヴァン穂坂」他 地域色ブランド開発
・日本橋「榮太郎総本舗」りブランディング

ひとつひとつ求められる役割は微妙に違っているが、そのアプローチに共通するのは、徹底した現場での取材。
納得いくまでこれでもかと、とことん時間を費やす。そこまでしなくてもと思えるくらい丁寧な仕事は、遠回りに見えて、結局最短距離で確実な答えを導き出すことにつながっている。それが肌でわかるのはまさしく彼女の天賦の才能ではないだろうか。

奥村文絵が手掛ける、つくる人と食べる人をつなぐ仕事。
マーケティングも、ブランディングも、町興しも、人づくりも包含した実に魅力的な仕事だ。
次はどんな地域の課題に取り組むのだろう、想像しただけでワクワクしてくる。

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経営者にとって最も重要なものは、明確な「目標」である。

ハーバード・ビジネススクール教授、シンシア・モンゴメリー氏が書いた「ハーバード戦略教室」を読んだ。



なんと年間売上10億円から2000億円の企業オーナー・経営者のみが参加できるという、モンゴメリー氏の講義コース。
テーマは「戦略=ストラテジー」、講義の最終ゴールは、経営者を本物のストラテジストに変えることだという。

9週間に渡って行われるカリキュラムの冒頭で尋ねられる質問。それは「あなたはストラテジストですか?」だ。

この質問を皮切りに、経営者ではあるがストラテジストではない彼らが、徹底的にストラテジストとしての教育をたたき込まれていく。一人前の経営者が一流の経営者になるための試練のはじまりである。

本書で私が特に興味深く読んだのが、日用品の巨人としてその地位をほしいままにしたマスコの家具業界への参入の事例。この参入が是か非か、課題に取り組む彼らの熱い議論が繰り広げられる章だ。

結果としてこの参入は失敗に終わるのであるが、そんな中で対比的な事例として登場するのが日本でもおなじみの「イケア」。

なぜマスコほかが失敗に終わり、イケアが他に類を見ない成功を手にできたのか?

マスコを率いたマノージアンとイケアを率いたカンプラード。
ふたりの最大の違いは、「目標(=コンセプトに近い)」があったかなかったかだそうだ。

カンプラードが描いたイケアの目標とはこうだ。

「はじめからイケアは他社とは違う道を選んだ。(中略)高価な高級家具を創ることは難しいことではない。金をかけて作り、相応の金額を客に払ってもらえば済むことだ。しかし、美しく長持ちする家具を低価格で作るのは、それほど簡単ではない。異なるアプローチが必要とされるのだ。シンプルな解決策を見つけ、あらゆる方向から切りつめ、節約していかなければならない。ただし、アイデアだけは節約しない。」

モンゴメリー氏によれば、マスコとマノージアンにあったのは、規模が大きく、すぐれた経営技術や能力を持つ自分たちなら遅れている家具業界を改革できるとという根拠のない自信と思い込みだけだったそうだ。

明確な目標が「決定的な独自性」を創出することにつながり、今日のイケアを築いたのだとあらためて実感した。

そう、カンプラードのような「目標」を持った人こそ、モンゴメリー氏が理想とする「ストラテジスト」なのである。

さまざまな事例と議論を通して「目標」の重要性を繰り返し繰り返し叩き込まれる経営者たち。
ページをめくっていく毎にリアルな緊張感が伝わってくる。あたかも経営者になったかのような気分だ。
そして読み終わる頃には、自分自身の「目標」のなさに気がつくことになる。

ハーバード戦略教室。こんな講義が展開されるハーバード大学院、ぜひ現場を見てみたい、あわよくば参加してみたい、そんな気にさせられた。

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「一体感」が会社を潰すって、本当か?

プリンシプルコンサルティンググループ代表、秋山進氏の書いた『「一体感」が会社を潰す』を読んだ。



戦後、日本経済の高度成長を支えたのは、組織における忠誠心であった。
一致団結して同じ行動を取る、いわば「一体感」こそが、組織の勝利の方程式だったのである。

その絶頂期の象徴が「24時間、働けますか」という栄養ドリンクのテレビCM。覚えている人も多いのではないだろうか。

そんな懐かしい時代があった……

ところがどっこい、この「一体感」、実は過去形ではなく現在進行形なのである。
21世紀になっても、この従順さを求める企業や組織の価値観はしぶとく生き延びてきているのだ。

そして何より問題なのは、かつて成長の原動力であった「一体感」が、今や組織や会社の成長を妨げる最大の原因になっているという事実。

その一例が、毎度のごとく出てくる話ではあるが、失われた20年における日本の家電メーカーの凋落。
アップルやサムソンの創造力をフルに発揮した急成長が記憶に残るところだ。
この格差を生んだその最大の原因が、組織の「一体感」にあるとしたら……

秋山氏は、この一体感が生む組織のさまざまな弊害を<こども病>と名付け、今日の日本企業を蝕んでいると。

しかもトップに立つ経営者や幹部に<こども病>患者が多いから事は深刻で、部下たちの選択肢は黙って従うか、感染を避けるために会社するしかない。

よかれと信じ込んでいる経営者や幹部の言動、行動がやがて会社を潰すことにもつながりかねないのが今と言う時代なのだ。

それでは、一体どうしたらこのこども病から回復し、大人の組織として新たな成長の道を歩むことができるのか。
そこに本書の最大のテーマがあり、秋山氏は“こどもの組織で大人になる戦略”として多くのページを割いて持論を展開している。

大人の組織で競争力の源泉となるのは「専門技術力と異質性」。

ゼネラリストではなく自らの井戸を深く掘るスペシャリストをめざし、他人とは違うことを良しとする。
皮肉にも少し前まで常識的に求められた「標準化力と同質性」は、もはや過去の遺物としか言いようがない。

もし「全社一丸」とか「総力を挙げて」などが経営者の口から出ているのであれば、その会社の未来は相当厳しいと言っても過言ではないだろう。


業績が上がらないと、全社一丸となれと社員を叱咤激励し鼓舞する経営者や幹部。

実は会社の業績を上がらなくしているのは経営者や幹部の価値観そのものであることに、いいかげん気がつかなければならない。そうでなければ、永遠に社員は救われない。

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