テレビでもおなじみ、東京大学大学院教授の伊藤元重氏が書いた「流通大激動~現場から見えてくる日本経済」を読んだ。
本書の狙いは、流通の現場で起きていることを素材に、日本経済の変化の潮流を明らかにしようというもの。
伊藤氏は30年前に流通の現場に入って以来、一貫して流通を取材、研究してきた。
徹底した現場主義のため、ウォーキング・エコノミストとあだ名されるまでになったそうだ。
本書を読めば戦後流通の現場がどのような変遷を遂げてきたか、時系列に理解することができる。自分自身が歩いてきた広告の世界とオーバーラップする点も多く、大変興味深く読んだ次第。
さて、流通の歴史は、チャネルリーダー争いの熾烈な争いの歴史でもある。
その移り変わりを辿ったのが第七章。
戦後はメーカーがチャネルリーダーを担ってきた。現パナソニックの松下電器がいい例だ。
強固な力のもとに、系列の小売店を安定した利益還元のもと支配してきた。
その影響力に陰りが見えたのが、「価格破壊」で新たなチャネルリーダーとなる巨大流通小売チェーン、ダイエーの出現である。
系列店が15万円で仕入れ20万円で売っていたテレビを、同じく15万円で仕入れ16万円で売ろうとした。これを許しては自社の仕組みが根元から崩れ去ってしまう、これは絶対に許すまじ、と。ここから熾烈な攻防が始まるのだ。
そのあたりの記述は裏話も盛り込まれなかなか面白い。
その後のダイエーの凋落から、コンビニ主導のプライベートブランドの誕生など、チャネルリーダー争いは今も進行中である。
本書を読んであらためて思うことは、安売りは一時は脚光を浴びても、長くは続かないということだ。
市場で愛され続けるには、価格以外の愛される理由が必要なのは間違いない。
ネットが進化して、O2Oやショールーミング、行動デザインなど、流通の現場に纏わるキーワードも続々と出現している昨今、次なるチャネルリーダーはどこが担うのか。
流通を担う人、流通を支援する人、過去からげんざいの流れを知り、未来を予測するためにも本書を読んでおく価値はある。
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資生堂名誉会長、福原義春氏の書いた『美~「見えないものをみる」ということ』を読んだ。
「見えないものをみる」とは、いったいどういうことだろうか?
私の興味はまずその1点、その素朴な疑問が私の目を止まらせ、本書をレジまで運ばせた。
結果として、そこにある答えは遥か私の想像を超え、正直ページをめくるたび目から鱗の連続だった。
人生を通して「見えないものをみる」ことを追求してきた福原氏の知見、まさに教養とはこういうこというのだろう。
「見えないものをみる」とは、本書の内容を掻い摘んで言えばこういうことだ。
「見えないものをみる」ためには、心の眼を養う必要がある。
心の眼を養うためには、美しいもの、本物に触れなければならない。
しかし、本物であってもインターネットの画面を通してでは本物に触れたことにはならない。
心の眼でみるとは、ただ見るだけでなく、そこにある時間、流れる風、発せられる気配、匂い…つまりは五感で感じることである。
昔に比べ現代は美しいもの、本物が失われつつあると福原氏はいう。
近代の欧米から持ち込まれた合理主義、成果主義が、無駄を削るだけでなく、コストダウンという名のもとに本来必要とされるものまで削ぎ落としてしまった。その最たるものが「美」であり「遊び心」であったりした。
たとえば、自動車。70年代、80年代のクルマはクルマらしく美しかった。
しかし今はどうだろう。機能美といいつつも個性は失われ、どのクルマも同じように味気ないクルマに成り下がってしまった。。
もともと日本人には「見えないものをみる」感性が備わっていたのだからこれは残念なことである。
失われた20年といわれる凋落は、日本人が総じて「美」を失ってしまった結果であると言われても仕方がない。
本書で福原氏は、過去からのさまざまな事例を通して「は見えないものをみる」感性、美意識を取り戻すためにどのように考え振る舞えばよいのだろうかを解き明かしていく。
現役首相はかつて「美しい国、日本」という再生テーマを掲げた。
当時は道半ばで終わってしまったが、今こそ、その言葉を思い返す時ではないか。
本書を読んで、ふとそんなことを思い出した。
成長戦略よりもよほど重要だと思うが、いかがだろうか。
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株式会社シグマクシス代表取締役社長兼会長の倉重英樹氏の書いた「シグマクシス経営論Z」を読んだ。
シグマクシスは昨年末の12月に、創業わずか5年で東証マザーズに上場した今注目のコンサルティング会社。
社長の倉重氏がこの会社を起業したのは65歳、それだけでも驚きだが、なんとはじめての起業だというから世の中には凄い人がいるものである。
本書はそんな倉重氏の初の著作になる。
ゼロから立ち上げたコンサルティング会社をわずか5年で100億円企業にした、その倉重氏とはいったいどんな人物なのだろうか。
倉重氏のキャリアは学卒で日本IBMに入社したことから始まる。その後、日本IBMで副社長まで上り詰め、50歳を機に独立、プライスウォーターハウス、ソフトバンクテレコムの社長を歴任。そしてこの65歳の起業、70歳の上場へと至る。
私自身、昨年末の上場を機にこのシグマクシスという会社には注目していた。
そんな矢先に店頭で見つけた本書だけに、思い入れを持って読んだ次第である。
本書を読んでわかったことは、急成長したシグマクシスの事業戦略の独自性。しかしながら、それ以上に私を引き付けてやまないのは、シグマクシスを率いる倉重氏の人間性である。この社長なくしてこの成長なしと断言しても良い。それほどの、人としての大きさ、懐の深さに感激した。おそらくは社員もこの部分に共感して成長を担う人財として能力を発揮できたのではないだろうか。
シグマクシスのコンセプトは「戦略実現のシェルパ」。
アドバイスするだけのコンサルタント業とは一線を画する。自分が提案したことは自分でやる。クライアントと一緒に山に登り無事下山するまでをひとつのチームでやり遂げる。もちろんそこには責任もリスクも伴うわけだが、あくまでクライアントはパートナーであり一心同体という考え方だ。
コンサルタントがいちばん弱い部分を自らの信念でやり続け、今日の顧客の信頼を獲得してきたのだ。
本書にはそんな倉重氏のビジネスに対する価値観のエッセンスが凝縮されている。読み進めるほどに、こんな会社で働く社員はどれほど幸せだろうと羨ましさがどんどん膨らんできた。
私自身、読み終えてグマクシス、そして倉重氏をますます応援したくなった。そして、おそらくは本書を読むほとんどの人が同じ気持ちになるのではないだろうか。
常々、出版はブランディングの重要な要素だと考えてきたが、まさに本書によってシグマクシスという会社のブランド価値が一気に上げることになることは間違いないだろう。
そういう意味では本書の出版は大正解である。
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ペンシルバニア大学ウォートン校教授のアダム・グラント氏が書いた『GIVE&TAKE 「与える」人こそ成功する時代』を読んだ。
本書はすでに24カ国以上で翻訳され、世界中の人々の「働く意義」を変えたといわれる大ベストセラーになっているとのこと。著者紹介文によれば、グラント氏は「グーグル」「IBM」「ゴールドマンサックス」などの企業や組織でコンサルティングなども行っているという。しかも1981年生まれというからまだ30代の前半という若さ、この先の活動も楽しみだ。
タイトルを見て少し「?」を感じた人はなかなか鋭い。というのも英語タイトルと日本語タイトルに微妙なズレがあるからだ。一般的にGIVE&TAKEといえば、与え、得る。つまり、与えることにより得ることができる。もしくは、与えることは得ることを前提にしている。これはある意味、これまでの人間の常識。
それに対して、日本語タイトルは、「与える」人が成功する時代という、英語タイトルと反するようなもの。
結論からいえば、この日本語タイトルは大成功。GIVE&TAKEでは本テーマについて明らかに説明不足なのだ。ここには監訳者の楠木健氏の存在が大きいと思う。
さて前置きはこのあたりにして、話題には事欠かない本書ののテーマは、
新しい「人と人の関係」が、「成果」と「富」と「チャンス」のサイクルを生む、だ。
グラント氏は、人間を3つのタイプに分けて、このテーマに取り組んだ。
3つのタイプとは、
ギバー(人に惜しみなく与える人)
テイカー(真っ先に自分の利益を優先させる人)
マッチャー(損得のバランスを考える人)
グラント氏は自身なりの仮説を立て、3つのタイプのうちどのタイプが損か得か(本書ではもっと深い表現がされており下世話な言い方で恐縮であるが、わかりやすさを優先して)さまざまな事例をもとに検証している。
結果は、あらゆるデータが、「ギバー」が最終的に得をすることを示している。
そんなバカな!という方は旧タイプの人間。すでに世の中は、徹底的に与える「ギバー」の時代がやってきているのだ。
考えてみれば、現在のブラック企業の問題などは、テイカーがギバーに置き換えられれば解決できるかもしれないと思えてくる。もう少し時間はかかるだろうが、この流れが進めば十分にあり得る話だと思う。
グラント氏は、この先のあるべき人間関係をこうも言っている。
「強い絆」も大切であるが、これからを生き抜くためにグラント氏は「ゆるくつながる」ことの方がもっと大切だと。
ギバーの時代には、自分本位の闘争本能は受け入れられなくなる。先にも述べたが、それはマネジメントの変化につながり、働き方を変えることになる。
「与える人」こそ成功する時代は、間違いなくやってくる。本書を読んでそう確信した。
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企業価値協会代表理事、武井則夫氏が書いた「選ばれる理由~どうしても売上と利益が増えてしまう心理マーケティング」を読んだ。
人は理由があれば行動する。
そして理由が伝われば選ばれる。
だから「選ばれる理由」をこちらが用意する。
これが本書のテーマである。
冷静に考えてみれば極々あたりまえのこと。しかし、それができている会社となると…
本書で武井氏は、具体的かつ豊富な事例をもとに、「選ばれる理由」のつくり方を教えている。
その章は、こんな投げかけから始まる。
あなたの会社の「ウリ」を30秒で述べてください。
いかがだろうか?30秒で「ウリ」を述べることができるだろうか?
もし…ほとんどの社長が述べることができない、もしくは述べられたとしても「ウリ」になってないとしたら…
もうこの本を読み進めるしかないのだ。
武井氏は「ウリの原石」を探せとして、次の4つの切り口を呈示している。
切り口1:どこにも負けない「商品」「サービス」「技術」を見つける
切り口2:どの会社にも負けない「№1」「オンリーワン」「日本初」「世界初」を見つける
切り口3;心が磨かれる感動的な「ストーリー」「人」を見つける
切り口4:社内の浸透している特有の「理念・哲学」を見つける
本書を読めばわかるが、武井氏はこの「ウリ」に徹底的にこだわっている。
中にはうちには特別な「ウリ」などなくて、と謙遜する社長もいるが、確かにその時点で自社の商品には魅力がないと言っているに等しいし、ある意味社長失格というレッテルを貼られても弁解の余地はないように思う。それほど「ウリ」は重要なのだ。
「ウリ」を見つけることと同様に、選ばれる理由となるために「ストーリー」に沿って伝えることの重要性にも多くのページを割いている。
自社商品のコモディティ化にお悩みの経営者は、今一度原点に帰って考えてみるのも良いかもしれない。
あとがきで武井氏はこう書いている。
“価格競争から価値競争へ。皆が価値自慢をしている、そんな国にしたいと私は願っている。”
me too. 価格競争は関わる人すべてを不幸にする。武井氏のいうような国にならなければ、今よりみんなが幸せになることはできない。
本書がそんな一助になることを願うばかりだ。
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グロービスのMBA集中講義 [実況]マーケティング教室を読んだ。
著者紹介の記述によれば、グロービスは、「ヒト」「モノ」「カネ」「チエ」の生態系を創り、社会の創造と変革を行っている、とある。
中でも、私のようなマーケティングを学ぶ者にとって馴染み深いのは、主に社会人を対象にした講義を展開するグロービス経営大学院の存在だろう。本書は、その経営大学院のMBA講義のエッセンスをまとめたもの。
書名にある[実況]とはリアルタイムといったような意味合いあろうか。その2文字が示すように、今グロービスで教えられている最先端のMBAマーケティング講義をそのまま書きとめた、実に貴重な1冊という印象を本書に持った。
さて肝腎の内容であるが、マーケティングの過去・現在・未来をマーケティングの大家、フィリップ・コトラーのマーケティング1.0、マーケティング2.0、マーケティング3.0になぞらえて、わかりやすく紹介している。
本書によれば、今はマーケティング2.0が終わり、マーケティング3.0の黎明期と位置づけられるという。
コトラーの言葉を借りれば、マーケティング2.0は顧客志向のマーケティング。作れば売れる製品指向のマーケティング1.0の時代から、リサーチで顧客のニーズを調査し、製品づくりに反映させる考え方をベースにしたマーケティングの時代だ。
しかし、顧客が特に欲しいものが見当たらない現代には、それだけではやや不十分。新たなマーケティングの考え方が強く求められており、その解がマーケティング3.0ということになる。
先にも書いたように、本書の最大の特長は、現在~未来、言いかえればマーケティング3.0の考え方に多くのページを割いていること。
マーケティング2.0は主にSTP(セグメンテーション、ターゲティング、ポジショニング)を中心に据えてマーケティングの仕組みを構築していくわけだが、価値観が多様化し、ほとんどの商品のコモディティ化が進んでいる今、そこに限界があることは徐々に明らかになりつつある。
したがって、マーケティング3.0は、ある意味STPでは満たせない「主観的な満足感」、いいかえれば「心=人間の心理」にアプローチしようという考え方だ。
コトラーのマーケティング3.0を読んだ方にはピンとくるはずだが、この心の部分へのアプローチにおいて企業が中心に据えるべきものが、マーケティング3.0の文脈でいうところの「ビジョン」ということになる。
ビジョンとは平たくいえば「世界観」。自社の商品やサービスの背景にある「世界観」への共感を、体験を通して共有してもらうことこそ、マーケティング3.0の鍵になるのだ。
ボルヴィックの1リットル for 10リットルにみられるような購買における「社会貢献的満足」は、まさに「主観的な満足感」の好例と言えよう。
左脳から右脳へ。論理から感性へ。形から心へ。
たえず進化を続けるマーケティング。学んだ知識の陳腐化も短サイクルでさらに加速している。そういった意味では、自身のマーケティング知識の棚卸しには、最適な冊かもしれない。
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慶應義塾大学名誉教授の伊関利明氏と株式会社ブレインパス代表、山田眞次郎氏の対談書「思考~日本企業再生のためのビジネス認識論」を読んだ。
テーマは、「いま、ビジネス・メガネ、新調の時」
伊関氏によれば、私たちは知らず知らずのうちにある種のメガネ(ひとつの認識論)をかけているという。新しいメガネに掛け替えると、見慣れた現象や風景がすっかり違って見える。
まさに今はそのメガネを掛け替える必要がある時だと。
今日の社会では、成熟化が進み、ソーシャルメディアなどの新しいメディアが登場し、人と人の関わり方も、人とモノやコトとの関わり方も大きく変わってきているからだ。
井関氏は複雑化している今日のビジネス現象を「重なり合う3つのカーブ」で整理している。
第一カーブは、80年代までの高度成長期に主流であった、ビジネスパラダイム。マスメディアを通して一方的に宣伝すれば売れた時代。
第二カーブは、80年代から90年代、そして21世紀初頭にかけて起きた変化。顧客志向が強調された企業と顧客の関係作りが叫ばれた時代でもある。
そして今は第三カーブの時代。
ここでは、すでに企業と顧客という向き合った関係ではなく、パートナーとしての創発を促す「We関係」が中心になりつつある。
3つのフェイズで時代分析する考え方は、コトラーのマーケティング3.0やピンクのモチベーション3.0が有名であるが、それらと井関氏との3つのカーブ論の違いは、3つのフェイズが重なり合って進行していく点。
確かに今日までこうで明日からはこうと線引きすることは現実的ではないだろう。そう考えると井関氏の主張には説得力がある。
今日の日本のモノづくりの衰退は、この第三カープでの「マクロテクノロジー」や製品とサービス、情報をひとつの仕組みとして考える「仕組み連動」の発想を持てなかったことにあった。
さらには、新しい時代のマーケティングは?イノベーションとは?井関氏の深い知見、それを引き出す山田氏の話術、両者の火花が散るような鋭い対話が、私たちを新しい時代の入り口へ誘う。
いい意味で、読み終わった後に、ふーとため息をつきたくなるような、読み応えのある大作に出会った。
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