アドマン(元)のブログ「広告会社~バーチャルとリアルの狭間で」

名古屋の広告会社に働いていた元アドマンのブログ。広告とインターネットに携わる男が、時代の転換期で日々感じること、気づくこと、体験したこと、また、読んだ本や見た映画の感想などを思いのままに書き綴ります。

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社員を全力で幸せにする会社。そんな会社を顧客が応援する時代。

「日本でいちばん大切にしたい会社」の著者、坂本光司氏が書いた新刊「社員と顧客を大切にする会社」を読んだ。



よく企業経営に大切なものとして「ヒト」「モノ」「カネ」と言われるが、坂本氏は、1に人財、2に人財、3に人財という。モノもカネも、人財のための道具だからという考え方だ。

大学教授でもある坂本氏の研究方法はひたすら企業を訪問して人を幸せにする会社の共通項を見出すこと。これまでに訪問した会社は7000社。そのうちの700社の「人を幸せにする会社」を研究してわかったことが次の5人を大切にする会社が継続的に好業績をあげているということだった。

5人とは、
1.社員とその家族
2.社外家族とその家族
3.現在顧客と未来顧客
4.地域社会・地域住民(社会的弱者)
5.株主・出資者

そして、大切にするのもこの順番と坂本氏はいう。

上場企業であれば、まず株主であるし、一般企業でいえば大抵は顧客という答えが返ってくると思うが、実は業績の良い会社はすべからくまず社員を最優先して考えていることがわかったのだ。

考えてみれば社員が自分を幸せに思えなければ、とても顧客を幸せにすることはできないだろう。だからこの順番なのである。この当たり前のことをわからない会社が多いことが今の日本の低迷した状況を物語っている気がしてならない。

本書は、この調査に基づいて、社員の幸せを最優先しつつ好業績を残している48の会社の実例をそれぞれの要素別に紹介している。

当地区で馴染みの深い岐阜の未来工業をはじめ、私が常々素晴らしい経営理念を持つ会社と思っている伊那食品工業、私も愛用するメーカーズシャツ鎌倉、そして坂本氏の本に度々登場して有名となった、涙なくして語れない物語を持つ日本理化学工業など、常識の逆をいく、とても不可能と思われるような人への思いやりを持った会社ばかり。

これらの会社に共通しているのは、こうあるべきという思いがはっきりしているから、ふるまいがぶれないこと。そしてこうだと信じたらひたすら貫くこと。
中途半端でなく愚直に信じた道を歩き続けてきたことで、少しづつ共感するファンが増えていったのである。

結果を求めて動くのではなく、揺り動かされる強い思いがあって、振り返ってみたら結果が付いてきていたというのが、本来の正しいビジネスのあり方ではないだろうか。

私は経営者ではない。だから経営者の気持ちはわからないのかもしれない。しかし逆に使われる身だからこそ経営者にこうあってほしいという気持ちは人一倍に強い。経営者と社員の関係は、雇用という枠をとっぱらえば、人と人の対等の関係である。そこを履き違えた経営者はいつまでたっても社員を幸せにはできない。

会社の成功不成功を決めるのは、経営者の経営能力ではなく経営者の人柄なのかもしれないということだ。坂本氏の本を読むたびその思いにかられる。

お金への執念をたち切って社員の幸せを一心に考えてみる、そんな会社を顧客も良い会社として共感できるのだろう。そんな時代なのだ。
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パソコンもかなわない、老スカウトマンの“耳”の力。

クリントイーストウッド主演「人生の特等席」を観た。

「地位でも権力でもお金でも手に入れることができない、人生の特等席とは」がテーマ。

人生の特等席

アメリカ大リーグの老スカウトマンを演じたイーストウッド、彼の一見枯れたように見えながら内側に熱を秘めた演技は相変わらず健在だった。

科学的データ全盛の大リーグ。
パソコンでデータ分析ができないこと自体でもスカウトマン人生の岐路に直面しているのに加え、衰えた肉体に失明の危機が襲う。老兵は静かに立ち去るのみというのが世間の常識だろう。

ところがである。彼には長いスカウト人生で培った、ボールが放つ微妙な音を聞き分けることができる独特の「耳」という財産があったのである。

キャッチャーミットに吸い込まれる時の音。バットに当たった瞬間の音。ピッチャーの指を離れる時の音。
いわゆるこうした感覚に近いものは、どんなに優れたパソコンの分析力を持ってしても比較することは不可能だろう。

現場で培われた彼のこの感覚と、幼いころからこの父に鍛えられた娘の観察力が、スカウトマンとして再び輝きを放つことになる。

この映画で学んだことはいくつもあったが、いちばんは「本物のキャリアとは歳を経るとか環境が変わるとかそんなことぐらいでは色褪せない」ということだ。

1万時間の法則というものがあり、何事も1万時間以上費やさないとプロフェッショナルにはなれないと言われるとおり、本物のキャリアとはまさにそういうものだろう。

この映画では、この老スカウトマンの「耳」がそうだ。


耳に関して言えば、私自身30年の広告業界のキャリアで少しだけ自慢できることがある。
それはCMのナレーションや音楽の微妙な差異を聞き分けられることだ。

特にナレーションは、企業や商品の代弁をする役割となるわけで、声に勢いがあるか、思いが込められているか、その少しの違いがCMそのもののパワーを大きく変えてしまうことになる。

だからこそ、ナレーション録りには妥協ができなかった。
今にして思えば、自分の世界に入り過ぎるあまり、ナレーターの皆さんにはその気持ちが伝わらず、ずいぶん不快な思いをさせていただろうと申し訳なく思う次第。

振り返ってみると、私の耳もアナログ時代から1000本を超えるラジオCMのディレクションの現場で磨かれたものだった。

今その場を離れてみて、そのキャリアをもっともっと大切にすべきだったと、ただただ自身の弱さをふがいなく思うばかり。

歳をとるとは、単に年数が経つことでなく、良い歳を積み重ねることでなければならない。キャリアも同様だ。

イーストウッドの積み重ねた人生は、この映画の老スカウトマンのように間違いなく鮮やかな年輪を刻んでいる。少しは爪の垢でも煎じて飲みたいものである。

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ソーシャルとはソーシャル的であること。価値観そのものだ。

ループス・コミュニケーションズ代表取締役、斉藤徹氏の書いた「BEソーシャル」を読んだ。



昨年の「ソーシャルシフト」からほぼ1年ぶりの新刊、それだけに期待も大きかったが、私の期待をはるかに上回る、内容の濃い1冊となった。

ソーシャルシフトのエントリーはこちら

かつてインターネットの黎明期、コピーライター糸井重里氏はインターネット的という言葉で時代の転換点を捉え、自身の活動を大きくシフトさせていった。
インターネット的とは、すなわち、インターネットを自らの新しい価値としてライフスタイルを変えるという意味であったと思う。

インターネットを単なるツールとして捉えるのではなく、これまで培ってきた価値を180度方向転換させる。その先見性により、糸井氏は見事に新たな価値を世の中に提供して今日に至っている。

実は昨日、斉藤氏の出版記念セミナーに参加する機会を得た。
直に斉藤氏の話を聞いて思ったのは、インターネット的と同様、まさしくソーシャルとはソーシャル的、言いかえれば、ソーシャルとは価値観そのものであり、企業を変えるためには“価値観の総入れ替え”が必要、ということだ。

さて肝心の本書「BEソーシャル」の内容であるが、日本経営のもともと持っていた「三方よし」の精神の則り、インサイドアウトの経営の重要性を説いている。

詳細はぜひ本書を読んで頂きたいが、とにかく大きな時代の転換点にあって、企業が目の前の壁を超えるためには、すべからくこれまでの価値観の転換を試みなければ生き残れない。

斉藤氏はそのために必要な五つのシフトを掲げている。

1)規律から自立へ
2)統制から透明へ
3)競争から共創へ
4)機能から情緒へ
5)利益から持続へ

こうして眺めてみるだけでも、いかに価値観の転換が大変なものであるかが伝わってくるのではないか。

実践して会社の舵を大きく新時代へ切るためには何段ものハードルがあることは間違いない。しかし本書にはすでに取り組んで成長を続けている企業の実例が豊富に紹介されている。要は、できないのではなく経営者の考え方でどうにでもできるということだ。

ソーシャル的であることが何より優先される社会。そこには、きっと社員と顧客との幸せな未来が待っているに違いない。

いささか余談であるが、昨日の出版記念セミナーで残念だったのは、広告会社の人間の姿がほとんど見られなかったことだ。現役のアドマンにこそ、ぜひ本書を読んでもらいたい。

AKQAのレイ・イナモト氏はこういった。「広告会社の未来は、広告会社ではない。」
広告会社こそ最も価値感の入れ替えが必要な業種だと思うが、いかがだろうか。

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プランもノルマも納期もない経営。そんな会社が輝く未来。

船井勝仁氏が書いた「未来から考える経営」を読んだ。



船井という名字でピンとくる方も多いと思うが、そう、著者は船井総研創業者の船井幸雄氏のご子息で、現船井本社の社長。

2代目となると親の七光と揶揄されがちであるが、これがどっこい、どっしりと構えたなかなか濃い内容の本だった。

船井氏が書くのは、「いままでの延長線上に素晴らしい未来はない」ということを前提にした経営論。

それだけに、いくら過去を分析して綿密に計画を立てても、未来につながる案は生まれないという主張だ。

よく環境問題を考える時に登場するバックキャスティングという手法があるが、船井氏の提唱する未来像もその考え方がベースとなっているようだ。その未来像は、金融至上主義が生んださまざまな既得権益を手放し、もう一度昔の日本にあった助け合いを基本とした共同体ベースの社会に戻すこと。

その社会では、企業も競争前提ではなく共創ベースの経営を目指すことになる。

おそらくその経営手法は今とは180度違う価値観のものになるだろう。

数字ベースの計画も、その計画を達成するためのノルマも、そして必要以上のスピードも求めない。

そこから見えてくるのは、人が活き活きと働き、人としての幸せを自然に追い求めることができる社会なのだと想像できる。そう聞いただけでワクワクしてくるのは私だけだろうか。

こんな社会を実現するために、問われるのは経営者の人間力だ。
本書にも登場するノードストローム百貨店の逆ピラミッドの組織図のように、まずは従業員満足を最優先に考える、そして従業員満足が実現できればおのずと顧客満足もついてくると考えられるか。いずれにしても経営者の考え方ひとつなのだ。

本書は二部構成で、一部は主に考え方、二部ではその考え方を実践している企業5社の実例が紹介されている。

船井氏の直系ということで実例はややスピリチャルに流れるきらいがあるが、それを差し引いても、基本的な考え方は企業にとっても個人にとっても羅針盤となりうる内容だ。

この先の社会を思い描くことで、自分自身の生き方もあらためて棚卸しできた、そんな1冊であった。

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関わる人たちすべてをハッピーにする「TABLE FOR TWO」のミッション。

小暮真久氏の書いた「社会をよくしてお金も稼げるしくみのつくりかた」を読んだ。



小暮氏は元マッキンゼーのコンサルタントにして、現在はNPO「TABLE FOR TWO」の代表理事。
先進国の肥満と発展途上国の飢餓という二つの問題の解決を目指す、日本を代表する社会起業家である。

戦略コンサルタントから社会起業家に180度ともいえる方向転換を目指した背景にはコンサルタント時代の苦い経験があった。
米国駐在時代、製薬会社の再生を手掛けた時のこと。提案をまとめ揚々と日本に引き上げたのであるが、結果として提案は採用されずしかも主要スタッフが次々と退社してしまった。小暮氏はその時には気づけなかったことを後に気づき愕然としたという。それは、会社にとってはよいことであっても、組織の中で働く人にとっては必ずしも良い提案ではないことがあるということだ。製薬会社の中で働く人の使命感に応えられる提案であるかどうかそこまでの配慮にかけていたと。

「痛み」を強いるなら「何のために改革を行うのか」という大義、言いかえれば心のよりどころや、痛みの先に待っている「未来予想図」を用意しておかないと、まず働く人の心が挫けてしまいすべてが水泡に帰してしまう。
結局、改革を進めるのも止めるのも「人」次第ということなのだろう。

この時気づけなかった悔しい気持ちがバネとなって、その後の社会起業家のキャリアにつながっていったようだ。

企業の社員食堂などと提携して1食につき20円を寄付金として頂き新興国の学校給食へ寄付するというプログラム、しかもそれだけでなくダイエットにつながるメニューを食することでメタボリック解消にもつながるという三位一体のメリットもある「TABLE FOR TWO」

2007年の立ち上げから5年で500社を超えるパートナーシップを得て一大組織となった、その成功の秘訣を
小暮氏は、3Cならぬ5Cを通じて「Winの累乗」を作っていることだという。

5Cとは、Company(自社の従業員・一緒に働く仲間)、Customer(消費者・顧客)、Cooperator(提携・協業者)、Contoributor(出資者)、Community(一般社会・進出先の国や地域)。

この5CすべてにWinを作る、すなわちWinの累乗を求めることが、NPOだけでなくこれからの企業にとっても必須の条件となってくると小暮氏。

本書では、この5Cそれぞれに具体的にWinの事例をわかりやすく紹介している。

冒頭に書いたようにコンサルタント時代の苦い経験は、現在のコンサルタント全体の限界とも見て取れる。論理思考、分析思考では捉えきれない「人」のエモーショナルな力が企業の成長に大きな影響を与える時代になりつつあることも決して無関係とは言えないように思う。

一般企業であってもNPOの成功に学ぶことがたくさんある。まずは成功するNPOがどのような価値観を持っているか知ることも大切だ。本書「社会をよくしてお金も稼げるしくみのつくりかた」はこれからの企業のあり方を再確認するためにも最適な1冊といえる。

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広告会社生き残りの踏み絵となるかもしれない、「反応型マーケティング」とは。

「ビッグデータ時代の新マーケティング思考」を読んだ。



デジタルインテリジェンス代表取締役の横山隆治氏。オプト取締役会長の海老根智仁氏。デジタルインテリジェンス取締役の鹿毛比呂志氏。以上3名による共著。いずれもデジタル広告の世界では著名な人たちだ。

このところ何かと注目の「ビッグデータ=SNSやメール、ブログなどでやりとりされる非構造化データの集積」であるが、本書はそのビッグデータをマーケティングに活用することにより、何が変わり何が始まるのかを予測、広告会社、アドマンが生き残るための新たな提案をしている。

広告に関する部分でいえば、いちばん影響を受けるのが、ターゲットの考え方。

広告会社の長い歴史において、まずはターゲットありきだった。
ターゲットを設定しないと、クリエイティブもメディアプランニングも成立しない。
それほどにターゲットは重要な要素だったのである。だった、と過去形で書いたのは、ビッグデータ時代のマーケティングにおいては、そもそもターゲット設定をする必要はないということだ。

ビッグデータ時代のターゲット論は、ずばり「反応した人がターゲット」なのである。

どういうことかというと、従来、マス広告はメディアの中の「枠」に対して送られていた。それがデジタル広告が主体となった今は「人」へ直接送ることができるようになり、その結果「広告に反応した人」をリアルタイムで捕捉、追跡することが可能になったのだ。
それが先の「反応した人がターゲット」が実現できる理由である。

今では広告を打ちながら全数調査し、瞬時にターゲットもクリエイティブ表現も変えることができる。

広告に長い間携わってきた人間からすると、「ターゲットがない広告戦略などありえない」となるのだろうが、これでは新しい時代には生き残れませんと自ら宣言しているようなもの。

まずこの思考を転換することが、ビッグデータ時代に生き残るための入り口となる。

加速的に進展するSNS。比例してますます膨らんでいくビッグデータ。このビッグデータを活用できるかできないかで、広告会社の、アドマンの未来が決まってくる。
残念かもしれないが、この流れは必然であり誰も止められないだろう。であれば自ら速やかにこの流れに飛び込むべきではないか。いつに時代においてもピンチをチャンスに変える鉄則である。

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「スキル」より「好き」を大切にする。

中川政七商店社長でありブランディングコンサルタントでもある中川淳氏とエイトブランディングデザイン代表の西澤明洋氏の共著による「ブランドのそだてかた~ブランディングに成功した企業が明かす21のしくみ」を読んだ。



日経デザインで連載された「ブランドのしくみ」を書籍化したもので書きおろしではないが、ブランディングを実際に取り組んでいる企業へのインタビューを通して、その考え方のエッセンスを引き出すことに成功している。
前作で自身が手掛けたブランディング事例を紹介していた中川氏も、ここでは聞き役に徹している。

さて取材した企業は以下の6社。

ディーン&デルーカ
MARKS&WEB
スノーピーク
トーヨーキッチン&リビング
ドラフト
六花亭製菓

いずれの企業もすでにブランディングでは有名な企業ばかり。それだけにどこまで新たな発見ができるかが鍵だったと思うが、そこはブランディングを体現しているふたり、結果としてなかなか中身の濃い内容となった。

私が興味深く読んだのは社員の採用についての考え方だ。

共通しているのは、入社時点のスキルよりも自社の商品やサービスをどこまで好きかを重視するということ。

好きであれば苦労も楽しみに変えることができるし、何よりモチベーションが違ってくるのだろう。
スキルは入社後の教育や研修でいくらでもアップさせることができるとしている。

考えてみれば単純なことで、すでに「好き」という共通言語ができあがっているから、道を外れる可能性はぐっと低くなる。反面、どんなに高いスキルを持ってしても企業の共通言語を理解するには別のスキルが必要となるから企業文化に馴染めなければ長続きしない。

「好きこそものの上手なれ」ではないが、ブランディングの観点では「好き」ということはどんな「スキル」にも優るという証かもしれない。

やるべきことやらざるべきことが明確になっていることも6社に共通していること。
いずれの企業もマスコミを賑わしているだけに新たな事業への誘惑は多いと思うが、軸がぶれそうなことは手掛けない、とにかくそこは徹底している。

こうしてこだわって貫いて、少しづつブランドは出来上がってくるものだ。いや、できあがってくるというよりは自発的に育てていくという方が正解である。そしてそこに中川氏と西澤氏が本書のタイトルに込めた最大のテーマであろう。

たまたま今日、いいちこの広告の30年を俯瞰するポスター展を観る機会があったが、ここまで来ると一つ一つの仕事がいい悪いの話ではなく、とにかく会社の理解とスタッフの熱意、こだわり、その他様々な要素が見事に重なり合ってブランディングができあがっていると、ただただ敬意を表するのみである。

ブランディング。奥が深く時間がかかるもの。しかし、強いブランドは少々の景気の変動では揺るがない。だから求める価値があるというものだ。

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眠れる市場は「ひと」が起こす。

小阪裕司氏が書いた「価値創造の思考法」を読んだ。



小阪氏といえば、信者といってもいいほど全国に熱烈な支持者を持つコンサルタントである。

その彼が書き起こした5年ぶりの新刊が本書。テーマはずばり「眠れる市場」と「ひと軸」のビジネスだ。

本書で小阪氏は“新しい消費社会が到来した”と断定している。重要なのはその新しい社会はやってくるのではなく、すでにやってきてしまったということ。

さらに難しいのは、それがまだ顕在化しておらず眠った状態にあるということだ。
優秀なマーケッターであれば、すでにその兆しに気づいているはずで、実際気づいた人だけが新しい消費社会で新たなビジネス手法を実践し始めているに違いない。

もう一つ重要なのは、どこで買うかより誰から買うかということ。それが重要な購買動機になりつつある。

小阪氏はこの新しい時代の到来を確かめるため計画的にビジネスを起こし自らの理論を実践、その検証の繰り返しにより新しい時代のマーケティング手法を「いつも起こせる」ようになることを追求しているのだそうだ。
コンサルティングを受けている会社の立場でいえば、この先行き不透明な時代にこれほど信頼できることはないといえる。

それほどの自信を秘めた小阪氏の実践事例。確かに「なるほど」とうなづける事例ばかり。
いかにビジネスにおいて「ひと」が軸になってきているか、あらためてわかるというものだ。

本書の中で、小阪氏のコンサルティングの考え方がよくわかる、私が気に入った記述箇所を、やや長文になるがここに抜粋しておく。(以下引用)

ビジネスは、社会という土壌に木を植えているようなものだ。
したがって、土壌がまったく変わってしまうとしたら、新しい土壌に合った木を植えなければならないだろう。
仮にそれまでと同じ種類の木で良かったとしても、育成条件が大きく変わるので、異なる育て方をしなければならない。
ゆえにこれからのビジネスを考えるにあたっては、自分たちが木を植えている土壌はどうなっているのかを知った上で、臨まなければならない。
土壌が激変していなければ、植えるべき木も育成法もさほど変わらず、よりよく育成するために新しい肥料を試すような---ビジネスなら新しい販促プランを試すなど----ちょっとした目先の変化、部分的な改善で、ビジネス全体が改善していけただろう。
しかし現代のビジネスが抱える大きな問題は、その土壌がまったく新しいものになってしまっているということだ。なにせ、新しい消費社会が来ているのだから。

以上。

土壌と木と育て方という関係の中で、今という時代の特性を鋭く切り取っている。

そう今はこれまでの価値観が180度変わる時代なのである。過去の常識が今から先には非常識にもなりえるのだ。

小手先の手法ではなく思い切った戦略、いいかえればどこまで過去を捨てられるか。そういう意味では身体が大きい大企業よりも身軽な中小企業の時代ともいえる。

“中小企業だからこそ「ひと」を軸にしたビジネスが起こしやすい、だからもっと自信をもつべき”本書で小阪氏はそう教えてくれている気がした。

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天才ジャズピアニストを描いたドキュメンタリー『情熱のピアニズム』を観て。

彼は天才ジャズピアニストという才能を得るのと引きかえに重度の障害というハンディキャップを背負ったのではないか。
考えれば考えるほどそう思えてしかたない、それほど彼の人生はジャズそのものだった。

猛スピードで走り抜けたわずか36年の人生。普通に考えればあまりに短い一生であることは間違いない。
しかし彼にとっては運命を受け入れ完全燃焼した結果の死だったように思える。
あらためて人生の価値を計るものは長さではなく密度であると深く考えさせられてしまった。

さて、彼の名はミシェル・ペトルチアーニ。80年代、90年代に活躍したジャズピアニストでご存じの人も多いだろう。
そんな彼の生涯を描いたドキュメンタリー映画「情熱のピアニズム」を観た。


情熱のピアニズム

全身の骨が折れた状態で生を受け、成人になっても100cmにも満たない身長、しかしながら音楽の才能と快楽を求めるそのエネルギーは健常者との比較すら無意味に思えるほど。
特に、たびたび映像に登場し印象的だったのは彼の身体にそぐわない大きな大きな手。まさに神はこの手をピアノを弾くために彼に授けたのだ。
映画を観た後、あらためて彼の残したCDアルバムを聞いてみたが、独特の強いタッチに彼の手の印象が脳裏をよぎる。

この映画は生前彼と関わりのあったミュージシャンや彼の恋人、妻たちの回想で展開される。
したがってすべてが事実であり本人達の素直な気持ちを吐露したもの。
誰もが彼の情熱に傾倒し、彼の生き方を受け入れ心から愛していたことがわかる。
もし創られた映画であれば、ここまで彼の苦悩や喜びを抱えた気持ちは伝わってこなかっただろう。
そういう意味では、ドキュメンタリー映画という手法の意義をあらためて見直した次第。
いやそれ以上に、デジタル技術でどんなものでも再現できる時代であるからこそ、より貴重に思えてくる。

映画の感想ではあるが、いつのまにかペトルチアーニの生き方についての感想になってしまう。
映画の出来不出来の意識が薄くなるのは、考えてみれば、それ自体演出の狙い通りなのかもしれない。

自らの時間が短いとわかっているからこそほとばしるエネルギーを余すこと燃焼しつくしたペトルチアーニ。
対して与えられた時間を意識することなく、目標もない毎日を過ごすわが身。果たしてこれで良いのだろうか、良いわけはない。
人生とは、幸せとは、働くとは・・・いろいろと考えさせられた映画だった。

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