アドマン(元)のブログ「広告会社~バーチャルとリアルの狭間で」

名古屋の広告会社に働いていた元アドマンのブログ。広告とインターネットに携わる男が、時代の転換期で日々感じること、気づくこと、体験したこと、また、読んだ本や見た映画の感想などを思いのままに書き綴ります。

「2022---これから10年、活躍できる人の条件」を読んで。

経営コンサルタント、神田昌典氏が書いた新刊。



冒頭、驚かされたのは神田氏自身のがん告白。すでに完治したとのことだが、その体験が人格に影響を与えたのだろう、以前はクールでともすると嫌な奴と言われかねない語り口が、本書ではすっかり優しいものに変わっているのが印象的だ。

10年後に備えて、個人は今何をなすべきかについて書かれた本書であるが、私が特に注目したのは第4章。章のタイトルは「2024年、会社はなくなる!?」だ。

ここで展開されているのは、ライフスタイルの原理というもの。

神田氏はコンビニのおにぎりを例に出しこう語る。当初3,4ヶ月は続いた新商品の人気が1ヶ月ももたなくなった時期が2003年のいわゆるコンビニ冬の時代。こうなった時、コンビニのおにぎりはまったく新しいレベルに生まれ変わるか、おにぎりに代わる集客商品が生まれることが予想できたそうだ。そして実際にその後高級食材のおにぎりが新たに登場した。これが神田氏のいうライフスタイルの原理である。

このライフスタイルの原理は株式会社にも当てはまるとして、2024年頃には「会社」が別の組織にとって変わられるだろうとのこと。

会社がなくなるとはにわかに信じがたいが、このところの大企業の不祥事を見るにつけまんざらでも無いように思う。さらには会社自体の寿命がこのところ急速に短くなっているのも会社組織の限界を感じさせる要因だ。

会社という形態が変われば当然働き方も変わってくる。大企業にいれば安泰とはいかない時代が目の前に迫っているのだ。

神田氏はこう続ける。
今までビジネスにおいては、社会性と収益性は矛盾すると思われてきた。つまり「社会によいことをやっても、なかなか儲からない」がビジネスの常識だったのだ。しかし、このところ急速に、「社会に良いことをしなければ、儲からない」に変わってきた。

ここでも価値観の大転換が起きている。すでに社会性と経済性は両立できる時代になっていることを見誤ると、あっという間に奈落の底に落ちかねない。繊細に常に時代をキャッチアップしていかなければならない、今はそんな時代にある。

テーマ:徒然なるままに… - ジャンル:ブログ

サステナブルな社会の指標、GNH(国民総幸福)

環境ジャーナリストの第一人者枝廣淳子氏ほか3人の著者による「GNH(国民総幸福)~みんなでつくる幸せ社会へ」を読んだ。



GNHといえば思い出されるのが、ヒマラヤの小国ブータンだ。

先日の皇太子夫妻の来日も記憶に新しいが、ここ最近のブータンの紹介記事には必ずと言っていいほどGNH(国民総幸福)という言葉がついてくる。

それではこのGNHとは何だろう。

そもそもGNHが公式の場で対外的に紹介されたのは、ブータンの第四代国王が1976年に開催された第5回非同盟諸国首脳会議後の記者会見で、ある記者の質問に「GNHはGDP(国民総生産)より重要である」と答えたことに始まるとされているそうだ。

GNHの基本は、国づくりの目標を経済力の強化に置くのではなく、生活する国民の幸福実現に置くという発想。
発展途上国のほとんどが、豊かさを求め急速な経済成長を目指す中にあってブータンはわれ関せずと、ひたすら心の満足を追い求める。

皮肉にも先進国が物質的な豊かさでは心は満たされないことに気づいた今、ブータンの存在がますますクローズアップされているというわけだ。

ブータンという国のGNHという考え方を通して、これからの国の形を模索する本書。
日本の街づくりから企業の人づくり、個人の生き方へと多角的に展開する。

このまままだ経済成長を追い求めるのか、一度立ち止まって新たな国の姿を模索するのか、まさに岐路に立たされているのが今だ。GNHはその大きなヒントをくれる考え方。自らのこれからの価値観を再構築するためにも今このタイミングで出会えたことに感謝したいそんな1冊である。

テーマ:徒然なるままに… - ジャンル:ブログ

「ありがとう」が人と会社を幸せにする。

経営コンサルタントの野口吉昭氏が書いた、「ありがとう」が人と会社を幸せにする、を読んだ。



野口氏の著書はこれまでにも数々読んでいるが、その中ではいちばんよみやすく、経営とは縁遠い人にも親しみやすい1冊ではないだろうか。

本書のテーマは「ありがとう」。
成功する会社、儲かる会社には必ず「ありがとう」が飛び交っている。苦境にあえぐ会社には「ありがとう」の声のパワーが弱くなっていると。

「ありがとう」。響きからして柔らかい。
つまり「ありがとう」が響き合う会社の空気は柔らかく、人への思いやりを忘れない人が集まっているのだろう。そこには、売上至上主義では決してできない、助け合いの「場」ができあがっているのだと思う。

本書では、20の会社の具体的な事例が紹介されている。
たとえば「グッバイウェーブ」。飛行機が離陸するとき、地上の人たちが笑顔で手を振る。今では当たり前の光景であるが、実はひとりのANAの整備士が飛行中の安全を願う想いからはじめたものだそうだ。

欧米型の資本主義が日本に入ったことで失われていったしまった日本型の「人本主義」。
しかし結果的には売上至上の考え方が人を破壊し社会そのものも壊しつつある。
それを救うひとつのヒントが、この「ありがとう」の5文字に秘められているのだ。

自分事で言えば、モノを買ったり食事をしたりした時、お店の人に「ありがとう」を言えない人を見るとがっかりする。そんな瞬間にその人への信頼も崩れてしまう。そんな人がもし経営者だったら、そこで働く社員はきっと幸せではないのではないか。

ごくごく当たり前の言葉であるが、今一度言葉の意味を見なおしてみることの大切さを知った1冊。
自分ひとりでできることは限られるかもしれないが、自分が行動を起こすことで小さな風を起こすことはできる。常に基点は自分なのだ。

テーマ:徒然なるままに… - ジャンル:ブログ

深刻な社会問題も楽しく解決。「ソーシャルデザイン」の力。

クリエイティブで、持続可能でワクワクする社会をつくるムーブメントを起こすこと。
そんなビジョンを実現すべく、Webマガジンを発行したり、アイデアを形にするスクールを運営したり。
それこそワクワクするような活動を続けているチームが「グリーンズ」だ。

そんな彼らの手によって編集された「ソーシャルデザイン~社会をつくるグッドアイデア集」を読んだ。



世の中にいっぱいある深刻な社会問題。
それを深刻な顔をして何とかしようというのではなく、あくまで楽しみつつ解決するのが、ソーシャルデザイン。

本書には、そんな世の中を楽しく変えるアイデアが紹介されている。

たとえば、「東京シャボン玉倶楽部」という活動がある。
こちらが解決するのは、なかなか下がらない喫煙率。
街の中にシャボン玉で一服する「シャボステーション」を設置、タバコの代わりにシャボン玉を楽しんでもらい、ストレスを解消しようというユニークなアイデアだ。
そのユニークな発想が話題となって、レストランやイベントへの設置依頼が相次いでいるとか。
実際に喫煙率が下がるかどうかは別として、思わず「くすっ」と笑ってしまいそうなところに新しさがある。

この他にも、「なるほど!」「気づかなかった!」思わず唸りたくなるようなクリエイティブなアイデアが数多く紹介されている。

グリーンズが定義するソーシャルデザインとは「社会的な課題の解決と同時に、新しい価値を創出する画期的な仕組みをつくること」。
画期的なアイデアとなればクリエイター、アドマンの出番だろう。画期的なアイデアを出せるかどうかは別として、これからの社会づくりに新たな活躍の場が増えてきそうだ。

テーマ:徒然なるままに… - ジャンル:ブログ

新しい日本、キーワードは「美質」

日本香堂社長、小仲正久氏の書いた「美質」の時代を読んだ。



美質とは、辞書によれば「生まれながらに持つ美しさ、よさ」の意味。
小仲氏は、美質は日本人が本来持っている美的DNAであり、古代から綿々と受け継がれてきたものと書いている。

高度成長期以降、欧米的食生活、グローバル化、成果主義など、日本本来のよさがどんどんと打ち消されていった。確かに物質的には豊かにはなったが心の部分ではどうだろう。多くの人が幸せを見失っているというのが現実ではないだろうか。そして、このままではいけないという危機感が決定的となったのが、今回の原発の事故だ。

小仲氏は今回の原発事故を一つの価値観が終わった象徴と見て、現在は新たな価値観への移行期にあるとする。
そしてこの移行期を経て到達する新たな価値観が、冒頭に掲げた「美質」なのだ。

別の見方をすると、これまでの価値観の中心にあったのが欧米型の「効率性」重視。いかに安くいかに速くモノをつくるか、いわばハード主体の考え方だ。そこに人の存在は薄い。それに対してこれからの価値観は、精神性、いわばソフトで勝負することだと小仲氏はいう。日本本来が持っている伝統や文化という美意識を資産として活用する「美質立国」をこれからの日本はめざすべきと。

ハードからソフトへ。モノからサービスへ。
小仲氏がいうように、あらゆる産業で劇的な転換が起こりつつある。私も強く同感する。
しかし本当に重要なのは、経営者の価値観の転換なのだ。形だけ変えても真の変革は訪れない。過去の成功体験に支配された心を総入れ替えして取り組むべき大転換の時なのである。

◎本書には、一時日本香堂の顧問でもあり、ノードストロームの伝説とも言われるサービスを築いた元副社長ベッツィ・サンダース氏との対談も収録されている。氏のサービスの考え方は一貫して顧客視点であり非常に参考になる。

テーマ:徒然なるままに… - ジャンル:ブログ

つながりがお金に勝る。ソーシャルキャピタルの時代。

津田大介氏の「情報の呼吸法」を読んだ。



津田氏は、ツイッターが急成長する時代に「ツイッターの伝道師」とも呼ばれ、例の「ツダる」で一世を風靡した人。またベストセラー「ツイッター社会論」の著者でもある。

そんな彼の新刊「情報の呼吸法」はタイトル通り、情報を呼吸するように取り入れ、
いかに行動に移すか、そんな方法論を彼がこれまで経験してきたことを中心に解説している。

確かに情報を取り入れても行動しなければ何も変わらない。些細な違いのように見えるが、
実際に行動に移せる人はほんの一握りなのだ。

そういう意味では津田氏はまさに行動の人。
自ら媒体を作ったり、メルマガを発行したり。今回の大震災でもいち早くさまざまなボランティア活動に身を投じた。

動くからこそ新たな人間関係ができる。それは昔も今も変わらない人脈作りの鉄則ではあるが、大きな違いはソーシャルメディアがつながりのハブとして機能していることだ。

これからの時代の資本は、お金ではなく人間関係だという津田氏。
ソーシャルメディアが生産するゆるいつながりが、何ものにも勝る、そんなソーシャルキャピタルの時代がやってきているのだ。

テーマ:徒然なるままに… - ジャンル:ブログ

広告会社に足りないのは、ビジネスモデルではなくミッション。

正確にいえば、足りないのはビジネスモデルとミッションの両方というのが近いかも知れないが。

なぜそんなことをいうのかといえば、
今日、ベンチャーのIPOを支援する会社が主催する異業種交流会に参加して出会った、
ある広告プロダクションのプレゼンテーションに愕然としたからだ。

先方の売り文句は、ソーシャルメディアを活用した日本初のマッチングサービスということだったが、
どこからどうみても一昔前の広告依存のビジネスモデル。
マッチング=双方向=ソーシャルという論理だろうが、勘違いもはなはだしいのである。
極めつけはその成長性。ミクシーやフェイスブックを向こうに回して強大なプラットフォームを構築するという構想。F1をターゲットとして○年後に100万人、○年後には1000万人という急成長を想定して収益を立てているのだ。

その壮大さと裏腹に、なぜこの事業を行うのかという肝心のミッションがどこにも見当たらない。
あるのは、会員が何人になれば何千万円の収益が上がるというマネタイズの規模性ばかりである。

一昔前ならだまされる人もいるかも知れないが、今はそんな甘い時代ではない。
案の定、参加していたベンチャーキャピタルやファンドの人からは、ビジネスモデルの古さやマネタイズ性の問題点などが厳しく指摘されていた。

結局のところ、問題は広告セールスを生活の手段として長年経営してきた広告会社の時代感覚のなさだ。
今日の様子を見ても、なぜこのビジネスモデルがわからないのだろうと、きょとんとしている彼らの表情が印象的だった。自分たちの問題すら見えなくなっているのがこうした会社の現状なのである。

なぜ自分たちがこの事業を行うのか。なぜ広告なのか。今一度見つめなおす時期がきているのは間違いない。


テーマ:徒然なるままに… - ジャンル:ブログ

ITバブル華やかなりし頃の記憶。

2000年から2001年頃か、東京は渋谷にIT系、WEB系のクリエイターや技術者が集ったビットバレーという交流会があり、そこから派生して名古屋にも「ミッドバレー」が誕生した。

都合6回ほどの集まりが定期的に開催され、当初30名くらいだった参加者も最後は150人くらいに膨れ上がり、会場は熱く語り合う喧騒と興奮に包まれていたという記憶がある。

その後、ITバブルがはじけこの集まりもフェイドアウト、参加していたメンバーもいつしか連絡が取れなくなってしまった。気がつけばそこから10年の月日が流れた。

私は知り合いから紹介され初回からフルに参加していたが、広告代理店の人間はほとんど参加していなかったように思う。それはそうだ。広告代理店の間では、ネットはまだまだ商売にならないというのが常識で、私のような多少デジタルに詳しいクリエイターがメディア制作と兼務でやっているような時代である。

私自身は、1994年のインターネットの衝撃的な出会いから時代が変わることを予感、黎明期から独学でせっせとタグを打ち、自らクライアントのWEBサイトをいくつも制作、また当時の政権政党県連のサイト更新などにも明けくれていた。しかしバブル絶頂の当時すらビジネスとして成立する実感が持てなかったのも事実である。

バブルがはじけ、ネットで広告会社の新たなビジネスモデルを確立させる夢を捨て、2002年、いま一度マスメディア制作に専念すべく会社を変わった。

なぜ今こんなことを考えるのかというと、先の金曜日、当時の広告代理店のOB会に参加したからだ。

不思議なことに、あの頃、描けなかった夢の形が今ならくっきり描ける気がした。
果たして自分が成長したからなのか、歳を取ったからなのか。はたまた時代が進化したからか。

今当時を振り返ってみて残念に思うことは、当時あれだけ確信していたネットでのビジネス革新の夢をあっさり捨ててしまったことだ。
突き進みたい自分の後ろから進むことを止めている自分がいて、後ろ側の自分が常に勝ってしまう。これまで何度も肝心なところで繰り返された、何とも情けない思い出である。
夢はあきらめた瞬間、夢でなくなる。信じるなら簡単にあきらめてはいけない。

テーマ:徒然なるままに… - ジャンル:ブログ

真の営業プロフェッショナルは顧客の代理人であれ。

「大前研一氏と考える営業学~営業こそプロフェッショナルを目指せ」を読んだ。




営業職であれば当然のこと、営業でなくてもこの時代、すぐれた営業マインドがなければビジネスの世界では生きていけない。
ましてや営業のプロフェッショナルとなれば、それだけで高収入が約束されているというわけだ。

本書は、そんな営業プロフェッショナルを志す人のために書かれた本。
タイトルに大前氏と考えるとあるように、大前氏が主宰するビジネスブレークスルー大学の教授たちとともに書かれており、それぞれ専門分野の営業講座の集大成といった感がある。

さて営業のプロフェッショナルとは?であるが、ひと言でいうと、
「顧客の代理人として、顧客の利益を最優先に考えること。」

つまり裏を返せば、顧客が望まなければ決して売りこんではいけないということだ。

とかく営業というと、売り込みのテクニックに優れた人のようにとらえれがちであるが、
実はこれが大間違いであると本書を読んで気づかされる。

本書にこんな話が登場する。

ある車のディーラーの営業マンの顧客が2台目の車としてRV車を所望した時、
そのライフスタイルを分析した結果、「それなら必要な時にレンタカーすれば十分」と、
あえて車を売らなかったという。

もし車を売った後、その車がほとんど必要のない高い買い物であることを顧客がわかった時、お客が失望する可能性が高いからだ。

一時の利益を求めるのではなく、長いつきあいを顧客の立場で追求していくことこそ、
営業プロフェッショナルのあるべき姿。

とかく短期の成果が要求されがちな経済状況であるだけに、自らの信念を貫くことは容易ではない。
しかし、その壁を超えて真の顧客満足を求めることが結果として営業としての評価を上げることになるのだ。

当たり前だと思っていることの裏側に真理がある。こんな時代だから営業の常識を疑ってみる時かもしれない。

テーマ:徒然なるままに… - ジャンル:ブログ

食べログ問題が引き金となり、ネットは「友人知」の時代へ。

世間を騒がせている「食べログ」問題。

39の不正業者が、口コミを不正に起こしランキングを操作していたことが発覚した。

不正の内容は主に2点。

ランキングを上げる高評価の書き込みを評価者に依頼し、ランキングを上げさせたケース。

逆に、競合店の低い評価の書き込みを評価者に依頼し、競合店に打撃を与えたケース。

飲食店では「食べログSEO」として周知の存在だったようで、食べログを運営しているカカクコムでは
すでに昨年の1月からこれら不正業者への対応を行っていたようだ。

なぜ今になってという感があるが、ここまで騒ぎを大きくしたカカクコムは上場会社としてのコンプライアンスに欠けているといわれても仕方がないだろう。

さてこの食べログ、一時はグルメサイト=食べログといわれるほど、グルメサイトのあり方そのものを変え飛ぶ鳥を落とす勢いの存在。食べログから見放されては経営そのものに支障を来たすという声もよく聞かれた。

何よりユーザの生の声がベースとなっていただけに信用の度合いが違うというわけだ。

しかし今回の問題。根幹の評価システムそのものでやらせが蔓延していたことは、
存在価値そのものが否定されても仕方がない、それほどの大きな問題なのである。

日経ビジネスデジタルの記事によると、今回の問題がきっかけで、
ネットの「集合知」の限界が見え、その先にある「友人知」への移行が加速するとしている。

このベースとなったのが、フェイスブックのシェリル・サンドバーグCOOへの取材だ。
サンドバーグ氏は、「情報主体のウェブは集合知(群衆の英知)という考え方に基づいてるが、今後、重要になるのは「友人知(wisdom of friends)」と語っている。

友人知とは耳慣れない言葉であるが、見知らぬ人の評価か知っている友人の評価かと聞かれれば、
なるほど知っている友人の方が信頼できるとなるわけだ。

フェイスブックそのものが友人知のかたまりのような存在だけに、皮肉にも今回の問題がフェイスブックにさらに弾みをつけることになるだろう。

~日建ビジネスの記事を参照

テーマ:徒然なるままに… - ジャンル:ブログ

ソーシャルメディアの価値は、規模よりラブ度。

BiNDの開発会社であるデジタルステージ社長、平野友康氏が書いた「ソーシャルメディアの夜明け」を読んだ。



平野氏はつい最近大きな注目を集めた、ニューヨークや韓国からの坂本龍一氏のピアノソロライブを、ユーストリームで配信した中心人物。(ちなみに、この仕事のきっかけとなったのもツィッターでのささいなやりとりだったそうだ)

平野氏はソーシャルメディアのメディアとしての特性を他メディアと比較してこう書いている。

1000万人メディアだったテレビ。
100万人メディアだったラジオ。
10万人メディアだった雑誌。
そして1万人メディアのソーシャルメディア。

メディアとして見ると、マスメディアと比べてお話にならないくらいちっぽけな規模。

しかし重要なのは、どれだけの人と信頼関係が築けているか、どれだけの人に愛されているか、視聴者数が小さくても、その大多数が熱中していればラブ度が高いと言えるし、逆に誰もが適当に見ているだけならばどんなに母数が大きくてもラブ度が低い。これからの時代はラブ度がメディアの価値になると平野氏。

ラブ度!確かにそうだ。ラブとはつまり愛し愛されること。一方的ではなく双方向でなければ成り立たない。間違いなくソーシャルメディアに軍配が上がる。

本書はソーシャルメディアの可能性を書いた本であるが、素晴らしいのは平野氏自身の人生の物語とシンクロしていること。若くして社長となり飛ぶ鳥を落とす勢いであったが、つまずき挫折し、ソーシャルメディアと出会い、癒され励まされ自分らしさを取り戻していった物語である。

読み込んでいくうちに、ソーシャルメディアに対する平野氏の熱い想いが伝わってきて、最後はホロっとさせられた。

前にも書いたが、他のメディアと違い、ソーシャルメディアの価値は使ってみないと絶対にわからない。とにかく使って使って使い倒すことで、見えてくるものがあるように思う。そういう意味ではまさに平野氏は、数少ない実践者であるし、この物語を読むと、その思いの深さにソーシャルメディアをもっともっと使ってみようという気にさせられる。

「ソーシャルメディアの夜明け」というタイトル通り、その可能性が少し見えてきたというのが今この時点だ。きっとこの先にはワクワクする未来が待っている。本書を読んでそんな想いを強くした。

テーマ:徒然なるままに… - ジャンル:ブログ

五木寛之氏「下山の思想」を読んで。

売れていると聞くと、とたんに止~めたとなるあまのじゃくな私であるが、
テレビの取材を受けている五木氏の含蓄のある言葉に、これだけは読んでおいた方がよいだろうとなった。
五木寛之氏の「下山の思想」である。



これからの社会は拡大から縮小へ向かうだろう、しかしそれは決して後ろ向きなものではない、と
先日ここでも書いたが、五木氏はそんな時代観を「下山」というひと言に見事に凝縮させた。
79歳という高齢(失礼ながら)にもかかわらず、相変わらずのカミソリのような鋭い言葉力にまずは脱帽である。

さて、山に登るとは3つの要素があると五木氏はいう。

1.山に登ること
2.山頂をきわめること
3.下山すること

登ることに神経が集中しそうだが、登山が成功といえるのは無事下山を終えたときなのだ。

五木氏は今という時代を登山に例えて、まさに明治以降続いてきた成長の歴史が終わり下山の真っ最中にあると分析している。

山に登るというと思いだすのが、先日の箱根駅伝。
見ていてもわかるが、山登りには山登りにふさわしい走り方、山下りには山下りにふさわしい走りが求められ、
それぞれにスペシャリストが存在することが、観戦する私たちの興味をさらに駆り立てる。

同じように「下山のとき」にもそれにふさわしい生き方、価値観があるようだ。
しかしそれは決して諦めの行動ではなく、新たな山頂をめざす前の重要なプロセス、というのが本書の大きなテーマ。

人を蹴落とすのではなく、自分さえよければ良いというのではなく、
優しさと思いやりを持った時代。それが私の「下山のとき」のイメージ。
当然、ビジネスのあり方、経営のあり方も変わる必要がある。それが時代の必然である。

「下山の思想」、この未曾有の時代を生きていく貴重なヒントを得ることができた。

テーマ:徒然なるままに… - ジャンル:ブログ

ブランドは、作るものではなく作られるもの。

かつて「ブランドは広告では作れない」という本があった。

詳しい内容はあまり覚えていないが、広告とPRを比較して、PRの情報としての価値がブランドを形成するのに適しているというようなことが書いてあったように思う。
要は、ブランドは時間をかけて形となっていくものであるため、瞬発力を求める広告に期待するのは難しいということだろう。

そういう意味では、企業イメージの向上を狙って、安易にタレント起用のCMを打つというのは、手段と目的をはき違えていると言っても過言ではない。

社会貢献活動も同じだ。

環境とCSRを考える雑誌オルタナで「ソーシャルとブランドを考える」という記事を読んだが、ボルビックの1Lfor10Lキャンペーンの例などをあげて、このキャンペーンが成功した理由をあくまでウラオモテなく見返りを求めない企業姿勢があったからとしている。

ブランドは作ろうと思って作れるものではない。というのもあくまで主役は商品やサービスを利用する人であり、彼らの共感の総和がブランドを形成するものだからだ。あくまでブランドは結果なのである。

オルタナでは、企業のCSR活動に必要な要素として次の5つ挙げている。

(1)献身的・・・見返りを求めない
(2)持続的・・・すぐに止めない
(3)独創的・・・横並びではない
(4)本質的・・・表層をなぞらない
(5)全社的・・・個人に頼らない 

特に持続的(=サスティナブル)は、瞬発力を求める広告が苦手とするキーワードであり、企業そのものの姿勢が試される極めて重要なキーワードだ。ブランドが一朝一夕に作ることができないと言われるのはここにある。

作るのではなく、作られる。そのことを肝に銘じて、誠実な行いを継続していく。貫いたその先にブランドが待っているのだ。


テーマ:徒然なるままに… - ジャンル:ブログ

「実感」と「違和感」。

2012年が明けました。皆さん、本年もよろしくお願いします。

新年の決意というほど強いものはありませんが、今年1年大切にして行きたいと思う気持ちをここに記しておきます。
道に迷いそうな時、この気持ちを思い起こせるよう・・・

まずは「実感」を大切に。
これだけ接触する情報量が増えてくると、ますますリアルな実体験が貴重になってくると思います。

実際に手にとって触れ、会って言葉を交わす。
そんな体験を経てしか得ることができないものがたくさんあることを昨年あらためて知りました。

なので今年は、行動してこそ手に入る「実感」をもっともっと大切にしていきたいと考えています。

次いで、「違和感」を信じて。

慎重さも大切ですが、何か違うな、という直感を、今まで以上に信じたい。
後から振り返ってみると大抵その直観は当たってたということがどうやら多いと気づきました。
違和感を感じたら、素直にきちんと意見を述べること、行動すること、行動しないこと。
流されず責任を持って前に進みたいと。今さらではありますが・・・

実感を大切に。違和感を信じて。一歩一歩ですが、こつこつと前へ、前へ。

テーマ:徒然なるままに… - ジャンル:ブログ

2012年、キュレーション時代の幕開け。

スティーブン・ローゼンハイムが書いた「CURATION」を読んだ。



過去に紹介した佐々木俊尚氏の「キュレーションの時代」、
勝見明氏の「キュレーションの力」、
そしてご本家とも言えるのが本書「キュレーション-CURATION」だ。
キュレーションをテーマとしたこの3作を読んで、
いよいよキュレーションの時代がやってきていることが実感できる。

そもそもキュレーションとは何だろうか。

簡単にいうと、美術作品などをあるキーワードを持って収集し、選別し、括り直し、
新たな価値を創造する技術。
したがってキュレーターというと、そのような特別な技術を持った人を意味する。

肝心なのはなぜ今キュレーションなのかという点。

それは情報そのものが爆発的に増加していることに起因しているようだ。
そもそも私たちの情報処理能力は限られており、現在はあまりの情報量の多さに
ほとんどの人が情報の本質を見失いつつある。
そこで情報を整理してわかりやすい価値を提供する技術、人が必要になってきているというわけだ。

典型的な例が、検索エンジンからソーシャルストリームへのトラフィックの移行。
検索結果はキーワードに紐づけられて何万何十万と瞬時に表示されるが、さてどの情報が
自分の求めている情報なのかというと、ほとんどの人がとたんに彷徨い人になってしまう。
それよりは「目利き」のガイドに従った方が最適な情報を簡単に手に入れることができる。

本書「CURATION」の中の、この文章が的を得ている。(以下、抜粋)

検索の時代は終わった。キュレーションの時代の幕開けだ。
検索が重装備の大型高速コンピュータの世界だとすると、
キュレーションは人間のニーズに合わせてつくられた仕掛けだ。
キュレーションは、茫漠としたインターネットの世界を、信頼に足るフィルターを通して、
はるかに小さい、友達やご近所、その他のサークルの大きさに縮めてくれる。
人類は、そのように信頼のおけるものを欲している。いや、それを必死に求めているとさえいっていい。~

すべての知を集めるはずであったグーグルの進化が、知を集め過ぎたおかげで、
利用する人たちに混乱を与えてしまった。
その結果が検索エンジンのトラフィックからソーシャルストリームへの移行につながっている。
つくづく皮肉なものであると思うのと同時に、ネットビジネスの難しさをあらためて知らされる。

そろそろキュレーター(=インターネット上の目利き)が創るソーシャルストリームにコマースが合体して、
新たなビジネスが生まれそうな気配。
あらゆる分野で、2012年、キュレーションがさらに注目のキーワードになることは間違いないだろう。

テーマ:徒然なるままに… - ジャンル:ブログ

FC2Ad