アドマン(元)のブログ「広告会社~バーチャルとリアルの狭間で」

名古屋の広告会社に働いていた元アドマンのブログ。広告とインターネットに携わる男が、時代の転換期で日々感じること、気づくこと、体験したこと、また、読んだ本や見た映画の感想などを思いのままに書き綴ります。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

成長のキーワードは共同創造。生き残る企業のコ・クリエーション戦略

ベンカト・ラマスワミ&フランシス・グイヤールが書いた「生き残る企業のコ・クリエーション戦略」を読んだ。



副題に、ビジネスを成長させる「共同創造」とはなにか、とあるように、
コ・クリエーションとはイコール共同創造のことである。

共同創造は、ネットワークを介して企業と顧客、従業員、株主がパートナーとなり、
新たな企業の成長、価値を生み出すこと。

本書によれば、今、成長している企業は、何らかの形でこのコ・クリエーションの考え方を
取りいれているのだそうだ。

本書内には、そのコ・クリエーションによる成長戦略の実例が驚くほど豊富に紹介されている。
というか、ほとんどが実例であり、逆に実例が多すぎて混乱を来たすほど。

冒頭に登場するナイキ、スターバックス、さらには日本国内のブラザーやクラブツーリズム、
ワコールなどなど、何らかの形で、顧客を企業戦略に参加させている。
しかも顧客自らが望んでだ。

あらためて実例を見渡してみると、海外はもちろん日本国内でも、
今後ますますコ・クリエーションが盛んになることが予測される。

そのブームを感じて追随する企業も多いと思われるが、注意したいのは、
ただコ・クリエーションを形式的にまねても、本質的な課題解決にはなりにくいことだ。

顧客を、従業員を、株主を、パートナーと位置づけるところからすべては始まる。
そのことを経営者、経営幹部がまず理解し価値共有できなければいけない。

本書は、そんな価値観を変える意味がわかりやすく理解できる、おすすめの1冊だと思う。
スポンサーサイト

テーマ:徒然なるままに… - ジャンル:ブログ

使う言葉でわかる、お客様との接し方

最近気になること。

営業の報告メールを見ていて思うことであるが、
報告内容に使われている言葉を読んで、その人となりがわかってしまうことだ。

販売に成功しました。販売は成功するとかしないとかのものではないだろう。

徹底的に攻めまくります。お客様は攻めるものではないのでは。

ぜったいあきらめません。あきらめるとかあきらめないの前に考えることがあるように思うが。

いずれの言葉も一方的な自分の気持ちしか見えない。

まぁ本人の中にはそれほどの意識はないのだろうが、意識がないだけに始末に終えないとも言える。

おそらくはお客様の前でもいかに巧みな話術を使って売り上げを獲得するかしか頭にはないのではないか。

そんな営業スタイルでは、いったんは仕事を獲得できても長くは続かないだろう。

お客様は信頼できるパートナーを求めている。きちんと話をしたいのだ。

相手が見えない営業マン。メール文の中に、彼の考え方が透けて見える。

テーマ:徒然なるままに… - ジャンル:ブログ

企業文化までM&Aできるのか。

少し前のニュースではあるが、パルコの経営陣に対して森トラストとイオンが手を組んで退任を要求した。

最終的にパルコ平野社長の退任で森トラスト+イオンの勝利となって幕を閉じた感じであるが、
本来のイオンの狙いはパルコのブランドを利用した新たな事業展開だったはず。

それだけにイオンにとっても誤算的な幕切れとなったようだ。

争点になったのは、果たしてパルコの企業文化をイオンが継承できるのかということ。
平野社長も、安易な提携はパルコブランドを傷つけると株主に訴えた。

積極的に出店してきた郊外展開もそろそろ頭打ち。
次の戦略を考えればパルコブランドはのどから手が出るほど欲しいところだろう。

確かに物申せる立場にある大株主ともなれば、無下に扱うこともできない。
しかし、それはあまりにも強引なやり口ではないだろうか。

パルコが何十年もかけてきた看板はお金で買えるかもしれない。
しかし、そこにある目に見えないブランドは決してお金では買えない。

そのことが理解できないところが、イオンの企業文化なのではと考えてしまう。

企業文化はそこにある人の総意が作り上げるものだとするなら、
イオンの文化はあまりにも貧しい。

テーマ:徒然なるままに… - ジャンル:ブログ

書店で二度、素晴らしい文章に涙する。

休みの日課となっている書店めぐり。
素晴らしい文章に出会って本日、2度涙した。立ち読みなのでおいおいと泣くわけには行かないので、
目頭が熱くなったが正しいかも知れないが、心の中では号泣である。

1度目は、伊集院静氏が書いた「大人の流儀」。
その中で亡き妻の夏目雅子との死を目前とした時の想いについて書いた文章。
静かではあるが、彼女への愛情の深さが伝わってきた。
その想いは亡くなって以降も変わらず彼の支えとなっていることに心を打たれた。

そしてふたつ目は、GQの最新号で見つけた。
立教新座高校の渡辺校長が、卒業する生徒たちに贈った旅立ちの言葉「時に海を見よ」。

渡辺校長の知見の深さ、器の大きさに心の底から感動した。

ネットで見つけたので、長い文章であるが、あまりに素晴らしいのでそのまま引用させて頂く。

=============================================

卒業式を中止した立教新座高校3年生諸君へ。


 諸君らの研鑽の結果が、卒業の時を迎えた。その努力に、本校教職員を代表して心より祝意を述べる。また、今日までの諸君らを支えてくれた多くの人々に、生徒諸君とともに感謝を申し上げる。

 とりわけ、強く、大きく、本校の教育を支えてくれた保護者の皆さんに、祝意を申し上げるとともに、心からの御礼を申し上げたい。

 未来に向かう晴れやかなこの時に、諸君に向かって小さなメッセージを残しておきたい。

 このメッセージに、2週間前、「時に海を見よ」と題し、配布予定の学校便りにも掲載した。その時私の脳裏に浮かんだ海は、真っ青な大海原であった。しかし、今、私の目に浮かぶのは、津波になって荒れ狂い、濁流と化し、数多の人命を奪い、憎んでも憎みきれない憎悪と嫌悪の海である。これから述べることは、あまりに甘く現実と離れた浪漫的まやかしに思えるかもしれない。私は躊躇した。しかし、私は今繰り広げられる悲惨な現実を前にして、どうしても以下のことを述べておきたいと思う。私はこのささやかなメッセージを続けることにした。

 諸君らのほとんどは、大学に進学する。大学で学ぶとは、又、大学の場にあって、諸君がその時を得るということはいかなることか。大学に行くことは、他の道を行くことといかなる相違があるのか。大学での青春とは、如何なることなのか。

 大学に行くことは学ぶためであるという。そうか。学ぶことは一生のことである。いかなる状況にあっても、学ぶことに終わりはない。一生涯辞書を引き続けろ。新たなる知識を常に学べ。知ることに終わりはなく、知識に不動なるものはない。

 大学だけが学ぶところではない。日本では、大学進学率は極めて高い水準にあるかもしれない。しかし、地球全体の視野で考えるならば、大学に行くものはまだ少数である。大学は、学ぶために行くと広言することの背後には、学ぶことに特権意識を持つ者の驕りがあるといってもいい。

 多くの友人を得るために、大学に行くと云う者がいる。そうか。友人を得るためなら、このまま社会人になることのほうが近道かもしれない。どの社会にあろうとも、よき友人はできる。大学で得る友人が、すぐれたものであるなどといった保証はどこにもない。そんな思い上がりは捨てるべきだ。

 楽しむために大学に行くという者がいる。エンジョイするために大学に行くと高言する者がいる。これほど鼻持ちならない言葉もない。ふざけるな。今この現実の前に真摯であれ。

 君らを待つ大学での時間とは、いかなる時間なのか。
 学ぶことでも、友人を得ることでも、楽しむためでもないとしたら、何のために大学に行くのか。
 誤解を恐れずに、あえて、象徴的に云おう。

 大学に行くとは、「海を見る自由」を得るためなのではないか。
 言葉を変えるならば、「立ち止まる自由」を得るためではないかと思う。現実を直視する自由だと言い換えてもいい。

 中学・高校時代。君らに時間を制御する自由はなかった。遅刻・欠席は学校という名の下で管理された。又、それは保護者の下で管理されていた。諸君は管理されていたのだ。

 大学を出て、就職したとしても、その構図は変わりない。無断欠席など、会社で許されるはずがない。高校時代も、又会社に勤めても時間を管理するのは、自分ではなく他者なのだ。それは、家庭を持っても変わらない。愛する人を持っても、それは変わらない。愛する人は、愛している人の時間を管理する。

 大学という青春の時間は、時間を自分が管理できる煌めきの時なのだ。

 池袋行きの電車に乗ったとしよう。諸君の脳裏に波の音が聞こえた時、君は途中下車して海に行けるのだ。高校時代、そんなことは許されていない。働いてもそんなことは出来ない。家庭を持ってもそんなことは出来ない。

 「今日ひとりで海を見てきたよ。」

 そんなことを私は妻や子供の前で言えない。大学での友人ならば、黙って頷いてくれるに違いない。

 悲惨な現実を前にしても云おう。波の音は、さざ波のような調べでないかもしれない。荒れ狂う鉛色の波の音かもしれない。

 時に、孤独を直視せよ。海原の前に一人立て。自分の夢が何であるか。海に向かって問え。青春とは、孤独を直視することなのだ。直視の自由を得ることなのだ。大学に行くということの豊潤さを、自由の時に変えるのだ。自己が管理する時間を、ダイナミックに手中におさめよ。流れに任せて、時間の空費にうつつを抜かすな。

 いかなる困難に出会おうとも、自己を直視すること以外に道はない。
 いかに悲しみの涙の淵に沈もうとも、それを直視することの他に我々にすべはない。
 海を見つめ。大海に出よ。嵐にたけり狂っていても海に出よ。

 真っ正直に生きよ。くそまじめな男になれ。一途な男になれ。貧しさを恐れるな。男たちよ。船出の時が来たのだ。思い出に沈殿するな。未来に向かえ。別れのカウントダウンが始まった。忘れようとしても忘れえぬであろう大震災の時のこの卒業の時を忘れるな。

 鎮魂の黒き喪章を胸に、今は真っ白の帆を上げる時なのだ。愛される存在から愛する存在に変われ。愛に受け身はない。

 教職員一同とともに、諸君等のために真理への船出に高らかに銅鑼を鳴らそう。

 「真理はあなたたちを自由にする」(Η ΑΛΗΘΕΙΑ ΕΛΕΥΘΕΡΩΣΕΙ ΥΜΑΣ ヘー アレーテイア エレウテローセイ ヒュマース)・ヨハネによる福音書8:32


 一言付言する。

 歴史上かってない惨状が今も日本列島の多くの地域に存在する。あまりに痛ましい状況である。祝意を避けるべきではないかという意見もあろう。だが私は、今この時だからこそ、諸君を未来に送り出したいとも思う。惨状を目の当たりにして、私は思う。自然とは何か。自然との共存とは何か。文明の進歩とは何か。原子力発電所の事故には、科学の進歩とは、何かを痛烈に思う。原子力発電所の危険が叫ばれたとき、私がいかなる行動をしたか、悔恨の思いも浮かぶ。救援隊も続々被災地に行っている。いち早く、中国・韓国の隣人がやってきた。アメリカ軍は三陸沖に空母を派遣し、ヘリポートの基地を提供し、ロシアは天然ガスの供給を提示した。窮状を抱えたニュージーランドからも支援が来た。世界の各国から多くの救援が来ている。地球人とはなにか。地球上に共に生きるということは何か。そのことを考える。

 泥の海から、救い出された赤子を抱き、立ち尽くす母の姿があった。行方不明の母を呼び、泣き叫ぶ少女の姿がテレビに映る。家族のために生きようとしたと語る父の姿もテレビにあった。今この時こそ親子の絆とは何か。命とは何かを直視して問うべきなのだ。

 今ここで高校を卒業できることの重みを深く共に考えよう。そして、被災地にあって、命そのものに対峙して、生きることに懸命の力を振り絞る友人たちのために、声を上げよう。共に共にいまここに私たちがいることを。

 被災された多くの方々に心からの哀悼の意を表するととともに、この悲しみを胸に我々は新たなる旅立ちを誓っていきたい。

 巣立ちゆく立教の若き健児よ。日本復興の先兵となれ。

 本校校舎玄関前に、震災にあった人々へのための義捐金の箱を設けた。(3月31日10時からに予定されているチャペルでの卒業礼拝でも献金をお願いする)

 被災者の人々への援助をお願いしたい。もとより、ささやかな一助足らんとするものであるが、悲しみを希望に変える今日という日を忘れぬためである。卒業生一同として、被災地に送らせていただきたい。

 梅花春雨に涙す2011年弥生15日。


立教新座中学・高等学校

校長 渡辺憲司

==========================

以上である。言葉だけでこれほど心揺さぶられることはここ最近経験がない。
できればじぶんの現役時代にこんな先生に出会いたかった。

新しい社会貢献、新しい働き方。プロボノ。

嵯峨生馬氏の書いた「プロボノ」を読んだ。



プロボノの語源は、ラテン語の「公共善のために(Pro Bono Publico)」という言葉に由来。

「社会的・公共的な目的のために、自らの職業を通じて培ったスキルや知識を提供するボランティア活動」が
その定義と嵯峨氏は言う。

ボランティアというと、なんとなく肉体労働が中心のような印象があるが、
このプロボノの場合は随分様子が違う。

プロボノを通して社会貢献をする、いわゆるプロボノワーカーという働き方は
アメリカではすでに定着していて、税理士やコンサルタント、そして広告業界でいえば、
アートディレクターやデザイナーなど、どちらかというとプロフェッショナルスキルを持った人の
貢献活動が中心になる。

具体的にいうと、コンサルタントであれば、経営戦略の構築
WebデザイナーであればWebサイトの制作などでのスキルでの貢献。

ボランティアなのであくまで無給が前提だが、求められる要求はプロフェッショナルへのものだe

NPOなどが抱えている最大の課題は資金集めであるが、機能するWえbサイトが作られることにより、
そういった課題が克服されるという。

この本によれば、アメリカでは報酬は与えられないものの、それぞれの貢献が
具体的な金額に換算されその効果の大きさがNPOの運営者と共有しているとのことだ

日本でも今回の大震災により、さらにプロボノへの注目が加速するものと予測する。

この先の時代のキーワードともいえる「プロボノ」
その概要、可能性について詳しく書かれたはじめての本ともいえるのが本書だ。

プロボノが社会で認知されれば、私たちの働き方がますます多様化していくに違いない。

テーマ:徒然なるままに… - ジャンル:ブログ

ざ・めしやにタクシーがならぶ異様な光景。

久しぶりに会社帰りにざ・めしや(名古屋を中心に展開しているセルフ食堂)に行った。

平日ということもあって、休日とは客層も明らかに違うようだ。

そしてその象徴が、駐車場に止まっているクルマ。

なんと、タクシー、タクシー、タクシーである。ざっと数えても30台以上。

以前にも書いたが、以前にも増して、その台数が以上に増殖している。
おおげさではなく、少し異様な光景に見えた。

まぁ、タクシーの運転手にとっては出動前の貴重なひと時なのだろう。
食事。そして煙草が吸えない時間を埋めるがごとくの喫煙タイム。

不景気の影響。そして、大震災後の自粛ムード。

そうした悪循環が雇用状況を厳しくしていることはわかるが、
もう少し公の施策として柔軟な打ち手があるのではと思う。

空で走るよりは1回当たりの単価は下がっても回転率を上げることが重要ではないか。

街のどこにいても絶えず視界の中にあるタクシーであるが、
今や特別な人だけが乗る贅沢品となってしまったタクシー。

その矛盾の象徴が、セルフ食堂の駐車場にならぶタクシーのような気がしてならない。

テーマ:徒然なるままに… - ジャンル:ブログ

新大陸VS旧大陸

今井照容氏の「新大陸(ソーシャルメディア)VS旧大陸(マスメディア)」を読んだ。



副題にソーシャルメディアが世界を動かす!とあるので、
最近出版過多気味のソーシャルメディア本かと思いきや、読んでみると随分趣が違う。

また書き口も超辛口。現代メディアの問題にズバッ、ズバっと切り込み、小気味良い。
一部エキセントリックな記述もあるが、彼の個性として良しとしよう。

但し、メディアといっても、広告的なメディアではなく、どちらかというと、
報道メディアという感じだ。
特に旧大陸について書いた第三章は、ほとんどが記者クラブについての記述。
はなからマスメディアは既に死んでいるとも言いたげだ。

したがって、広告メディアとしての対比を思い浮かべると、いささか拍子抜けの感もある。

読んで印象に残るのは、今井氏の知識レベルの高さ。あらゆるメディアに精通している知見の深さ。
マスメディアからニッチなメディアまで驚くほど幅広い。

とまぁ、個性的な本ではあるが、最後まで新大陸対旧大陸の対決の構図は伺えなかったのが、
残念といえば残念。

アドマンとしては、あくまで読み物として楽しむのが正解だろう。

テーマ:徒然なるままに… - ジャンル:ブログ

売り込みから対話へ。新しいPRの教科書。

広告もPRもこのところ元気がない。こうなってしまったのも一方的なメッセージに終始し、
効果を正しく検証してこなかったからだ。

その結果として現在の姿があるわけだが、悲しいのは今だに自分たちの問題をきちんと認識できていない
人間が多いこと。相変わらず独りよがりのメッセージを発している広告やプレスリリースが何と多いことか。

かくいう自分もそのひとり。どうしても長年の癖が抜けない。ないものをあるように、
小さいものを大きく見せようとしてしまう。間違っていると思ってもだ。
長年の習慣とはおそろしいものである。

大切なことは、等身大であること、長所ばかりでなく短所があれば短所もきちんと伝えることだろう。

そんな新しい時代のPRとは?をあらためて考えさせる機会を提供してくれたのが、
本書「新しいPRの教科書」である。



副題に売り込みから対話へ。とあるように、伝えることに終始するPRではなく、
会話を交わすことを前提としたPR。

もちろん決め手となるのは、ここでもソーシャルメディアだ。

大切なのは、過去の価値観に囚われないこと。古い価値観に囚われていると、
生活者と会話するという考え方を持てない。

伝えるとは、つまり伝わることで、そのための対話なのである。

わかってはいるけれど、実際に行動するのとしないのでは天と地ほど違う。

大切なのは、どんな小さなことでもいい。一歩づつでもとにかく前進することだ。
本書「新しいPRの教科書」は、一歩踏み出せない者に、最初の一歩を促してくれる、
そんな1冊である。

テーマ:徒然なるままに… - ジャンル:ブログ

同じものを売っているのに、儲かっている会社、儲かっていない会社。

コンサルタントにして公認会計士、さらには大学院教授の金子智明氏が書いた、
「同じモノを売っているのに、儲かっている会社、儲かっていない会社」を読んだ。



副題に、利益から仕事のやり方、会社のやり方の違いが見えてくる!とあるように、
実は利益を上げている会社は、やっていることが違うということを
さまざまな実例を丁寧に紹介しつつわかりやすく教えてくれている。

印象に残ったのは、掛け声や命令では結局、売上アップもコスト削減も解決できないという金子氏の言葉。
重要なのはどのような行動を取るか、売上もコストも何らかの行動の結果であり、
原因となっている行動を変えない限り、その結果である会計数値は変わらないと。

ともすると、売上数字の分析に終始しそれで満足してしまう本末転倒な会社もあるようであるが、
おそらくそういった会社はこんなに頑張っているのになぜ売上は上がらないのか、
なぜコストは削減できないのかと地団太踏んでいるに違いない。

コスト削減!と大きな声を張り上げるより、小さなことで実行し結果を検証すること。

気づいているようで目から鱗の情報が満載、私にとっては非常にお得な1冊となった。

金子氏は最後にこう書いて締めている。

仕事をしていれば誰でも何らかの問題を感じている。
何らかの問題がある時、会社に居続けるなら、会社を変える努力をすべき。
さもなくば、自分自身が変わる、すなわち会社を去るのみ。

2つの選択肢から、金子氏は後者を選択し、最初に勤めた日本航空を退社したという。

会社を変えるか。さもなくば、自分が変わるか。深い言葉で永遠のテーマかも知れない。

テーマ:徒然なるままに… - ジャンル:ブログ

体力、視力と集中力。

再就職から約11カ月。まもなく1年が経とうとする。

いきなり路頭に迷った感があった倒産当初、そして再就職当初は、
とにかくこれではいけないと、緊張感とともに勉強を自らに課した日々だった。

どんなに忙しくても、まずは帰社後の1日1時間の読書。

ところが、時間が経つにつれて緊張が緩んできたのか、
日々の疲れが顕著になり、比例して勉強時間が短くなってきた。

また新しい職場では外に出ることがほとんどなく、連日パソコンに向かう日々。
当然視力も低下、また以前にも患った頸椎の炎症もまたぶり返している気がしている。

というわけで、まぁいいわけに近いが、特に本を読むことに対する集中が持続できない。
本を読んでいるようで、気づいたらページだけ進んでいても、内容がまったく頭に入っていない。
そういえばと数ページ後戻りして読み返す始末。数ページ進むのに驚くほど時間がかかっている。

あらためて思うことは、体力と視力、集中力は比例しているということだ。
ということは、体力をアップさせ視力を回復させたら集中力は高まるのだろう。

本を読む以上、目が疲労することは避けられようがないが、せめて体力だけは
気をつけてアップすることを目指すことにしよう。

そして、1日1時間、本を読む時間を作ろう。自分との約束である。

テーマ:徒然なるままに… - ジャンル:ブログ

ハラハラと、桜舞う。

花のいのちは短くて。先日まで蕾だった桜が、満開を越えて、
花びらを散らす季節となった。

晴れた風のない日、その散るさまは、まさにハラハラという言葉が似合う気がする。

桜の季節が名残惜しくて、今日は帰り道、宴の余韻が残る公園をひとり散策した。
明かりの消えた誰もいない桜の下を歩くと、なんともいえない心地よさが。
静かな佇まいの桜もなかなかのものである。

桜前線は、いよいよ東北の地にも。
まだまだ桜を楽しむような心の余裕は持てないと思うが、
せめて一時でも、安らかな時間が心を包んでくれることを願う。

おそらくは今年の桜のことを一生忘れることはないだろう。
でも桜は来年も再来年もそしらぬ顔で、また満開の花を咲かす。
被災地の皆さんは、そして私自身はその桜をどんな想いで眺めているのだろうか。

テーマ:徒然なるままに… - ジャンル:ブログ

プランダム破産申請で思うこと。

本日付の中日新聞によれば、名古屋を拠点とする広告会社のプランダムが、
11日で事業を停止し、破産申請の準備に入ったという。

理由は、東日本大震災の発生後に電子看板の受注キャンセルが相次いだことが影響したといい、
震災関連の破産申請は東海地方でははじめてとある。

以前から業績が悪いとは聞いていたので、今さら地震の影響とは素直に頷けないが、
いずれにしても地震が最後の希望を絶ったというのは事実だろう。

創業は1969年。ということは創業から42年目という計算になる。
高度成長期に誕生したいわゆる老舗広告会社が立ち行かなくなるというのは、
私がいた会社と同じパターン。おそらくは多くの成功体験を持つ経営者・幹部が
牛耳っている会社ではないか。時代から見放されても気づかないゆでガエル現象があてはまる。

このところ力を入れていたデジタルサイネージであるが、メディアとして売ろうにも、
コミュニケーション設計ができないとなかなか売れなかったに違いない。

今回の大震災で同様の広告会社がこの先続出する予感がある。
それは淘汰が早く進む分、業界全体から見ると良いことかもしれない。
じっとしても時代はどんどん加速して変わっていくのだから。

テーマ:徒然なるままに… - ジャンル:ブログ

それってありですか?日本版ザッポス、ロコンド。

近藤です。一文字違えばロコンドという奇妙なコマーシャルで知った、
オンライン靴店、ロコンド.jp



オンライン靴店というと思い浮かぶのが、ザッポス。
効率を求めず、顧客満足に徹するコールセンター。
どこまでも型破りの考え方で、オンライン靴店の新しいビジネスモデルを築いた。

そして先のロコンド。
最新号のアエラ・ビズでその紹介記事を読んだのだが、
無駄話も相談もウエルカムというコールセンター
(対応する人を「オンラインスタイルコンシェルジュと呼ぶ)も、
99日間、返品無料というサービスも、どうもザッポスの焼き直しとしか思えない。

先行する商品の良いところを活かし、それをさらにレベルアップして新製品を出すという考え方は
松下電器の例を出すまでもなくビジネスの常套手段ではあるが、
あまりにもザッポスの考え方が斬新なだけに、
ロコンドのビジネスモデルには?がつく。

いいとこどりはあくまでほどほどにということだ。

もちろんスピード感を持って自らのポジションを築くことは重要なことだとわかっているし、
あくまで結果がすべてなのがビジネスなのだとも。

しかしながら、もしこれでもしうまくいってビジネスが成長するとしたら、
トニー・シェイの苦労はどうなるのだろう。たとえ法的に問題ないとしてもだ。

とにもかくにも、私はそのやり方に共感できないという理由で、ロコンドでは靴は買わない。

テーマ:徒然なるままに… - ジャンル:ブログ

ついに1000エントリー!

2007年11月に書き始めて約3年と6ヶ月。ついに1000エントリーを迎えることになった。
たかがブログ、と思われるだろうが、毎日書き続けても3年弱はかかる。
あらためて書き続けることは難しいと思うし、よく続けられたと、飽き性の自分としては、
自分で自分をほめてやりたい気分である。

そして、何よりつたない文章を読んでくれた皆さんに感謝。

書き続けられた秘訣は、とにかく短い時間でもパソコンを立ち上げブログの画面を開くことだ。
そして上手に書こうと思わないこと。(結果として下手な文章になっている、やや言い訳?)

自分自身は本が好きなので結果として本について書くことが多くなったが、
これはブログの副産物で、インプットをしなければアウトプットができないということもわかり、
本を以前よりさらに積極的に読むようになった。

考えてみれば、いいことづくめ。ブログのおかげで辛いときも力をもらえた。

次の目標は2000エントリー。その頃自分は何をしているのだろうか。幸せな顔をしているだろうか。

テーマ:徒然なるままに… - ジャンル:ブログ

人との出会いの大切さ。

あるNPOに誘われて参加することになった。

今日、その会合と懇親会があった。

参加の意思を示さなければ出会えなかった人々。

ささいなことではあるが、参加しなければこの7名とは永遠に出会えなかったかもしれない。

そう考えると、yesという意志を示すことは大切なことだ。あらためて思う。

今日出会った人々は、皆さん自分なりの意志を確立してそれなりにビジネスを展開している人たち。

会社の中でどれだけ頑張ってもそれは会社の中での人脈作りに過ぎず、狭い世界の話だ。

外部の人の客観的な意見も聞ける人間作りが、よほど重要ではないか。

会社という組織の中にいると、外の世界が見えなくなる。
社内の根回しで出世につながることはあるが、それはいささか自分の都合過ぎないかとも思う。

今、何かにつけ世の中の流れが変わっているように感じることが多い。
それだけに外部の人脈づくりがより大切になってくる。
それを求めて行動するのは本末転倒であるが、社外の人脈をどれだけ持てるか、
それが未来を切り開く道につながっている気がしてならないのだ。

時間をつくり、もっといろいろな人に会おうと思う。

テーマ:徒然なるままに… - ジャンル:ブログ

アイデアが光る被災地支援活動。

ゴルフの石川遼選手の獲得賞金の全額寄付に驚かされた後、
決め手は孫氏の100億円寄付。おそらくはこれを超える寄付額はこの先もあり得ないだろう。

その一方で、金額では負けるが、知恵を絞ったアイデアを活かした被災地支援活動もある。

日経MJで見つけた外食産業での被災地支援活動の記事。

ジャッジョーロ銀座の企画はアイデアが光る。

飲食代の一部を寄付金として寄付するのは当たり前だが、こちらでは
キャンドルチャリティーディナーとして、節電効果も同時に実現するもの。

店内の照明を落としろうそくの灯りで食事を楽しむ。
3月中に二日間実施したところ、非常に好調だったようだ。

支援は単発では意味がない。長く続けることが肝心であるが、
そうなると何らかの楽しみの要素が必要になってくることは間違いない。
楽しみながら貢献できれば一挙両得ではないか。

支援はこれからが本番、しかも終わりのない長期戦となる。
知恵を絞って、1日でも長く続けられるといいと思うし、自分自身も協力できることはしていきたい。

テーマ:徒然なるままに… - ジャンル:ブログ

ささやかな、幸せ。

帰り道、コンビニで買い物をしたら、255円。

お金を払うべく小銭入れを開けたら、百円玉が2枚と五十円玉が1枚、そして一円玉が5枚。
つまり255円ちょっきり。

こんなことは、めったにない。ささやかであるが、一時幸せな気分になれた。

考えてみれば、こうしたことに幸せを感じられること自体、幸せな証拠だろう。

被災した人達に比べれば、なんと平和なことか。

昨夜突然襲った震度6の余震、余震というにはあまりにも規模が大きかった。
被災地にいる方々にとっては生きた心地がしないだろうと心が痛む。

今はまだ幸せを感じる余裕がないのは当然だが、何とか平穏な日々が訪れてほしい。
そして被災していない私たちは、1日も早くその日が来るようにできる限りの協力をしよう。

ささやかな、幸せ。それはかけがえのないものである。

テーマ:徒然なるままに… - ジャンル:ブログ

価格を下げずに価値を上げる。

私が尊敬する経営コンサルタント、村尾俊介氏。
年は若いが、考え方が一貫していて一本筋が通っている感じだ。

彼のコンサルティングの根幹となっているのが、「価格を下げずに価値を上げる」

価格を下げて売るのであれば誰にもできること。価格を下げずに価値を上げて売ることこそ、
経営者が考えるべきことと村尾氏。

そのエッセンスがたっぷり詰め込まれているのが、彼の著作
「安売りしない会社はどこで努力しているか」だ。



私自身常々気になっているのが、安易に安売りをしてしまう経営者がいかに多いかである。
その思いが最近とみに強くなってきたのであらためて彼の本を読み直してみた次第。

村尾氏の熱い思いがお仕着せでなく自然に身体に沁みこんでくる。
文体もあるが、彼の優しい心がそうさせているのだろう。人格は文章にも表れるのだ。

久しぶりに読み返しても、間違いなく名著である。
今どのように経営をしてよいかわからなくなっている、
そんな経営者には真っ先におすすめしたい1冊である。

テーマ:徒然なるままに… - ジャンル:ブログ

顧客の未解決のジョブを発見する。ホワイトスペース戦略。

戦略コンサルタント、マーク・ジョンソンが書いた
「ホワイトスペース戦略~ビジネスモデルの空白をねらえ」を読んだ。



アップルの成功は、アイパッドやアイフォンが革新的だからではなく、
ビジネスモデルそのもののイノベーションを成し遂げたから。
これこそがアップルが勝者たる所以であるとマーク・ジョンソンは説く。

つまり、既存のビジネスの延長線上では、新しいビジネスモデルを築くことはできないのである。

タイトルに掲げた「顧客の未解決のジョブを発見する」とは、まさに
イノベーションを成し遂げる必要十分条件。

ここでいうジョブとは、顧客が自身で気づいていない不満だとか不便だとかを指すのだろう。
ジョブを見つけるために大切なことは、中途半端な顧客調査に依存しないこと。
顧客に聞いても通り一遍の答えしか返ってこない。そこを過信して新たな商品を創っても、
おそらくは売れない確率の方が高い。
この本の中では、ジョブを見つけるために徹底的な観察を推奨している。

そして、何より必要になってくるのが、柔軟なマインドだ。
頭を柔らかくしないと、新しいビジネスモデルは作れない。

新しいビジネスモデルはなかなか生まれなさそうな感じがするが、
出てきてみると、そーか、そこは気がつかなかった、というものが沢山ある。
意外なところにまだまだ余地がありそうな気がする。

本書、ホワイトスペース戦略。
最初少し読みづらさはあるが、読んでいくうちに引き込まれていった。
読み終わった感想は、実に奥が深い、さまざまな示唆に富んだ、非常に影響力のある1冊であった。

テーマ:徒然なるままに… - ジャンル:ブログ

なぜ学び続けなければならないのか。

久しぶりに以前の会社関係者と酒を飲んだ。
彼らは運よく今も広告業界にいる。しかしながら、話すことは5年前、10年前と
何ら変わっていない気がし、少し寂しい思いを抱いた。

間違いなく広告業界は大きな変化の真っ只中にある。
そこで立ち止まることは死を意味するのではないか。自ら変化を受け入れ
変わらない限り退場を余儀なくされるだろう。・・・なぜなら私自身がその典型例だから。

業界を離れてみて客観的に見えるようになってわかるのは、
私の知っている広告業界人は勉強をしなさ過ぎるということ。

彼らに共通するのは、今までの経験で仕事をしていることだ。
今までと同じやり方では、仕事の範囲はどんどん狭くなっていく。
勉強しなければ、そのことにすら気づかないかも知れない。

私が思う勉強することに価値は、自分と時代との距離を確かめることできることだ。

少なくとも今という時代をわかっていれば、何らかの形で順応していくことは可能ではないか。
時代の進んでいく方向と自分の歩んできた道が離れていっているとわかれば、
またそれを埋めるために勉強すればよい話だ。

そういう意味では一生勉強を続けられる人が成長を続けられる人だと思う。

50歳前なら仕事人生の残り時間は少なくとも10年以上ある。
遅くない、1日30分でもこつこつ勉強を続けよう。

テーマ:徒然なるままに… - ジャンル:ブログ

本日の収穫本。

昨日今日、久しぶりにゆっくり書店めぐりをした。至福の時間。
自分にとって書店は目的があって出かける場所ではなく、ほぼ日常のすぐそこにある場所。

棚を眺めて知らなかった本に出会った時の喜び。そこに最大の魅力がある。

というわけで、久しぶりに収穫本の紹介。

(1)ホワイトスペース戦略



ビジネスモデルの空白をねらえ、という副題。
革新的なビジネスモデルを生むのは今あるビジネスモデルとは全く別な場所に経つ必要がある。
アマゾンしかり、アップルしかり・・・

(2)ロイヤルティリーダーに学ぶソーシャルメディア戦略



ポイントプログラムは顧客ロイヤルティにはつながらない、目から鱗の指摘。
ロイヤルティとは何か、ソーシャルメディアを活用してロイヤルティユーザーをどのように育てるのか、
地味だけどそのあたりを学ぶには最適の1冊。

(3)新しいPRの教科書



著者いわく、ツイッター時代にふさわしい新しいPR書だそうだ。

以上、3冊をゲット。感想はまた後日。

テーマ:徒然なるままに… - ジャンル:ブログ

ブルータス最新号、今日の糸井重里。

雑誌ブルータスの最新号は、糸井重里氏の1冊まるごと特集。
今年の1月から3月の糸井氏の毎日を追いかけたもの。
たった2カ月あまりであるが、今の彼が何ものであるかをあらためて知ることができた。



糸井重里氏は、私が広告業界に入った頃、第一線で活躍されていたコピーライター。
80年代前半、広告の花形だった西武百貨店で書いた数々のコピーは、
コピーライター全盛時代のまさに象徴だった。

特に俳優で映画監督であるウッディアレンを起用したキャンペーンに書いたコピー、
「おいしい生活」は大いに話題となったものだ。
なぜ食べ物でないのに、おいしいのか。その後主流となったライフスタイルを提案するコピーの
走りだったように思う。

自分自身は、秋山晶氏、真木準氏の作風が好きだったが、
コピーライター養成講座に通った時は、まさに受講者は糸井派、仲畑派に真っ二つという感じ。

そんな糸井氏だが、今の若い人にはほぼ日新聞の糸井さんという印象が強いのでは。
若い人たちには、逆に広告時代の糸井氏はまったく知らない。

アナログの時代からデジタルの時代へ。見事に転身できた背景には、
糸井氏のインターネット的価値観がある。
以前も書いた記憶があるが、このインターネット的であることがネットの時代には重要で、
ネットは使うものの考え方がネット的でなくてかつての栄光にすがって生きるしかない人もたくさんいる。

なぜ彼が時代を超えて活躍できるのか。あらためて私にはその凄さを知る興味深い1冊となった。

昔懐かしい人にはデジタル的な価値観を、若い人には広告の良い時代の糸井氏の価値を、
いわば一粒で二度おいしい糸井氏を楽しむことができるのが
このブルータス「今日の糸井重里」だ。

テーマ:徒然なるままに… - ジャンル:ブログ

景気は気から。

景気の気は、気分の気である。
気、すなわちマインドが冷え込むとモノが売れなくなりサービスが使われなくなる。
そうなると企業の売上が下がり、経済活動全体が停滞することになるのだ。

それほど気の影響は大きいのだ。

もちろんマインドだけですべてが片付くわけではないが、景気を押し上げる重要な要素であることは間違いない。

不思議なもので、4月の声を聞いたとたん、周りが明るく見える。

世の中に初々しい新入社員が登場することも理由のひとつだが、
自分自身の中ではもっと感覚的な感じ、
カレンダーを1枚めくったら暖かな日差しが降り注ぐ日向の写真がそこにあった、みたいな。
桜の花が膨らみ、一気に満開となるエネルギーがそこかしこにふりまかれるそんな感じである。

今世間では自粛の意味で花見を中止する方向が主流であるが、
マインドが冷え込む方向に進み経済に大きな影響を与える。
また、そこで生計を立てている飲食業もあるはずで、大きな打撃を受けてしまう。

ここはあえて幸いに被災をしなかった私たちはお金を使うことでマインドを盛り上げることを
考えるべき時ではないか。そう思う。

景気は気から、である。そろそろ街に出て、やってきた桜の季節を楽しもう。いつもどおりにお金を使おう。
私たちにできることのひとつ。それが最終的に世の中のためになるのだから。

テーマ:徒然なるままに… - ジャンル:ブログ

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。