アドマン(元)のブログ「広告会社~バーチャルとリアルの狭間で」

名古屋の広告会社に働いていた元アドマンのブログ。広告とインターネットに携わる男が、時代の転換期で日々感じること、気づくこと、体験したこと、また、読んだ本や見た映画の感想などを思いのままに書き綴ります。

脱成長、ダウンシフトのとき。

セルジュ・ルトゥーシュとディディエ・アルパディスが書いた「脱成長(ダウンシフト)のとき~人間らしい時間をとりもどすために」を読んだ。



私たちの今の生活を維持するためには、2個分の地球が必要です。そんなACジャパンが応援するTVCMが流れていることをご存じだろうか。

それほど私たちが快適な生活を手にするために地球に強いる負荷は計り知れないものがある。しかも問題は私たちの世代だけで終わらないこと。私たちの孫子の代まで延々と影響は及んでいくということだ。

そんな状態にあることを知りながらも、以前と変わらない生活を続けている私たち。そんな生活がいつまでも続くわけがないと考えるのは間違いだろうか。

大学教授のルトゥーシュは、かねてより「脱成長(ダウンシフト)」の必要性を唱えている、その道の第一人者。本書はこれまでは難解と言われてきた彼の出版物をこれからの若い人たちに向けてわかりやすく記したもの。

キーワードを含んだ見出しを抜き出し、それに解説を加えるという構成。

広告の功罪についても言及している。たとえばこうだ。

「広告に煽動される過剰消費というポンプのスイッチを、もう一度始動しなおすことが必要になりました。」

メーカーは製品を買い替えのために、あえて長持ちしないように作る。そして新製品が出ると、言葉巧みに「時代遅れ」だと感じさせ、いかに使っているものが旧式であるかを広告によって洗脳していく。ポンプのスイッチをすかさず再起動するというわけだ。

私自身の経験で言えば、広告会社時代はほとんど意識したこともなかった。ある意味、そういった意識は考えること自体ありえないことのようにビジネスに没頭していたからだ。今から考えてみれば、それ自体、高度成長という名のもとに広告業界はもちろん、国民全体が洗脳されていたんだと思う。

しかしこれからはそういうわけにはいかない。

脱成長=ダウンシフトは、この先を生きていくすべての人にとって、もう避けては通れない必然的な価値観なのである。
本書を読んでその思いを強くした。

政府の成長戦略に一喜一憂してる場合ではないのだ。未来の子供達のためにも脱成長を真剣に考える時である。

「オオカミ少女の憂鬱」を観て。

先週土曜日のことになるが、名駅西のシネマスコーレで有馬監督作品「オオカミ少女の憂鬱」を鑑賞した。


斉藤和義の「歌うたいのバラッド」という歌がある。

歌うことでしか愛を伝える術を知らない、不器用なほど純粋な歌うたいの話だ。

映画を観終わったあと、なぜかこの歌を思い出した。


映画の主人公、小上優子。

日常的に嘘をつく少女である。
しかしながら嘘であることが当たり前のように見破られてしまう、ある意味、歌うたいより不器用な少女だ。
何せ嘘をつくことでしか自身の存在を確認できない。不器用ゆえに、上手く生きられないのである。


そんな少女が恋をした。
言うまでもなく、結果は明らかだろう。


世の中をスイスイと泳いで行く器用な人間がいる一方で、生きることにさえ汲々としている人たちもいる。

何が嘘で何が真実か。

何が悪で何が正義か。

見る方向によって、180度変わる。まるでコインの裏表のように。

そんな世の中にあって、信じられるものとは何だろうかと、問いかけられているような気がした。

歌うたいは愛を歌う。
オオカミ少女は嘘を語る。
愛おしいほどまっすぐに。

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新たな時代を象徴する、“Googleの逆説”とは。

岩井克人氏と小宮山宏氏監修のもと、公益財団法人・東京財団CSRプロジェクトがまとめた「会社は社会を変えられる」を読んだ。



本書の冒頭に、本書のタイトルにもなった趣旨がまとめられているので、少し長文になるが紹介しておく。

「企業が経済的利益のみならず、社会的な責任や社会からの要請にコミットすることで、社会全体の問題解決能力は上がる。しかしそれだけでなく、働く人々がそれぞれにやりがいと充実した経験を得ることでイノベーションが促進され、さまざまな問題を乗り越える活力を生み出し、社会のあり方を変容させることができる」

それが「会社は社会を変えられる」の意味なのである。

その大きなテーマをベースに、本書は3部で構成される。

第1部が小宮山宏氏の「なぜいま、会社の出番なのか」、第2部が社会を変える会社6社の紹介、そして第3部が岩井克人氏の「会社の存在意義とは何か」。

特徴的なのは、示唆に富んだ2人の考え方と実際に推進している企業の具体例を合わせて読むことで、世の中で求められるCSRに、より理解を深めることができるという点。彼らの知見が本書に奥行きを与えていることは間違いない。

さて、私が本書を手に取るきっかけとなったのは、帯にある『“Googleの逆説”から見えてきた未来をつくる企業のかたち』という言葉。

Googleの逆説とは、一体どういうことなのか?

岩井氏によれば、お金を追求しない会社が、もっともお金を儲けている、この逆説的な現象が世界のいたるところで起こっており、その象徴がGoogleということだそうだ。

この逆説的現象を引き起こしている最大の要因が『短期的利潤を追求することなく、情報や知識を使って世の中に貢献したい』というGoogleのミッションにある。

そして、これこそが資本主義の変質を何より象徴していると岩井氏は続ける。

お金儲けを目的にする企業は頑張れば頑張るほど、世の中から受け入れられなくなる時代。ミッションもなく、これからの時代の大前提を読み違えた経営者とそこで働く社員の末路は...想像に難くない。

事業を通して、世の中を、より良い場所にする。

重要なのはお金儲け以外の明確な目的が企業の存在意義になっていることではないだろうか。

そう考えれば、CSRと呼ぶかCSVと呼ぶかは些細な問題なのだろう。本書を読んでそう気付いたとともに、いよいよ経営者の資質が問われる時代になったと感慨深いものがある。

成長か、脱成長か。

セルジュ・ルトゥーシュとディディエ・アルパディスが書いた「脱成長(ダウンシフト)のとき~人間らしい時間をとりもどすために」を読んだ。



今さらながらではあるが、20世紀の経済成長がもたらした恩恵は計り知れない。高度成長と言う名の下に、驚くほど快適な生活が実現された。

しかしその一方で失ったものもたくさんある。もちろん過去を振り返っても取り戻すことはできないし、そもそもこの豊かな暮らしを手放すことなどできないだろう。

問題は、それが本当に取り返しのつかないことだと気がついたのが、ついここ最近だということだ。しかも取り返しのつかないことは、現在進行中なのである。

本書の内容はそんな人間の愚かさに対して、脱成長(ダウンシフト)というキーワードで、生き方、暮らし方の価値観の180度方向転換を促している。

競争から足を洗い、少しペースダウンして、自分らしい生活を大切にする。それがダウンシフトの基本原則。

著者たちは様々な角度から脱成長の必要性を証明しているが、中でも彼らの主張の中心的なスローガンとなっているのが「より良く生きるために、働く量を減らそう」だ。

仕事を減らすことで消費が適度に抑制され、余暇が促進される。もちろんその余暇はテレビを見るなどの経済活動につながる使い方ではなく、自分らしさを取り戻すための時間にあてられる。

また本書では、経済至上主義の牽引役を果たした広告に対しても次のような記述で、警鐘を鳴らしている。

〝広告に煽動される過剰消費というポンプのスイッチを、もう一度起動し直すことが必要になりました。〟

購買が抑制されないように、消費者が買い控えを起こそうものなら、直ちにポンプのスイッチを入れ替える、広告表現を新たなものにして消費を喚起するのはその典型的な例だろう。そしてメーカーサイドは短時間で寿命が来るように巧妙に製造する...

広告業界にいた頃は正直そんなことを意識したこともなかった。決して自己弁護するわけではないが、業界人が丸ごと洗脳されていた、今から思えばそんな状態だったのだ。

最後に本書を読んで思うこと。

脱成長ありきで話を進める時が間違いなくやってきている。

過度の消費を抑え、生活スタイルそのものを変える必要がある。

政府の成長戦略に踊らされている場合ではないだろう。私たち一人一人が、いいかげん目を覚まさなければならない。

そういう意味では、そろそろ新しい時代の政治家、経営者が現れてこなければならない時。そして彼らのリーダーシップは、未来の子孫のためにこそ発揮されるべきだ。

日本再生の切り札となるか、「CSV×イノベーション」が企業を変える。

デロイトトーマツコンサルティング、パートナーの藤井剛氏が書いた『CSV時代のイノベーション戦略』を読んだ。
副題に、「社会課題」から骨太な新事業を生み出す、とある。



今、日本のほとんどの企業に改革が必要なのは間違いない。問題は、何によって従来型のビジネスモデルを変革するかではないだろうか。その一つの回答が、本書で藤井氏がまとめた{CSV(Creating Shared Value)=共通価値の創造」による変革である。

CSVとはそもそも、ハーバード大学のマイケル・ポーター教授が2010年に提唱した、「経済的価値を創造しながら社会的ニーズに応えることで社会的価値をも創造する」というもの。

ともするとCSVはそれ以前にブームともなったCSRと比較されるが、CSRは事業によって得られた利益を社会貢献活動に使うというもの。利益が上がらないと取りやめになるというジレンマを常に包含しており、その評価もまちまちであった。そんな中、その課題をもとにまったく新しい考え方として登場したのがCSVと言える。本書でも藤井氏はCSVをCSRの延長線上で考えてはいけないと警鐘を鳴らしているほどだ。

日本においても、ポーターによって提唱されてから早い時期に書籍などでも紹介され、導入している企業も見受けられたが、今ひとつ盛り上がりに欠けた印象がある。先述のとおり、言葉が似ているせいかCSRに近い概念と考えられがちなところもその理由の一つかもしれない。

しかしながら、日本は課題先進国と言われるほど、時代の進化と逆比例するかのように、残念ながら社会的課題が続々と増えている。そういう意味では、CSVを推進する絶好の環境に現代はあると言える。ピンチとチャンスは常に背中合わせなのだ。

それではどのようにCSVを事業に取り入れてイノベーションンを生み出すか、が本書の最大のテーマであるが、
その推進方法として、本書で藤井氏は次の“三つの越境”を提唱している。

①「(自社が所属する)業界の枠」を超える
②「規制の枠」を超える
③「国境」を超える

いかがだろうか。内向きになりがちな日本の企業にとって最も苦手な考え方かも知れない。
しかしながら、アップルをはじめとするイノベーション企業の成功例を振り返ってみても、必要十分条件であることは疑う余地がないだろう。

より柔軟に、よりスピーディに、自ら仕掛けることによって新たな活路を見出していこうという試み、「CSV×イノベーション」を企業再生の切り札として取り上げた初めての書籍であり、それだけでも十分に読んでみる価値のある1冊ではないだろうか。

苦手とか得意とか言ってる場合ではなく、世の中のパラダイムシフトを読む限りとにかく取り組むほかないというのが私の結論である。間違いなく本格的なCSVの時代が幕を開けようとしている。本書を読んでその想いを強くした。

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